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第三代総長ハインリヒ(・フォン・トナー)・バルト小伝
(1209年)



紋章
「Hans-Georg Boehm Hochmeisterwappen des Deutschen Ordens 1198-1618 FRANKONIA 1990」19頁より

 14世紀に作られたドイツ騎士修道会の公式記録とも言うべきドスブルクの年代記によるとハインリヒではなくヘルマンとなっているが、同時代史料たる死亡記録によると本名はハインリヒである。出身については14や15世紀につくられた歴代総長達の紋章を根拠としてバイエルンの古い家系の出であるとした説があるが、これらの紋章はドイツ騎士修道会がプロパガンダ目的で作成したものが多く、むしろこれらの紋章が初期の総長の出身身分の低さを覆い隠す為に作られたとする説が有力なようである。現在最も有力な説によるとハインリヒはチューリンゲン方伯家の家人たるミニステリアーレスだったようだ。
 ハインリヒは1208年の秋頃にドイツ騎士修道会へ加入する為に聖地を訪れ、その年の内に加入したようだ。この時、彼と一緒に多数の者がドイツ騎士修道会へ加入する為に聖地を訪れている。おそらく、ハインリヒと同道した仲間達はチューリンゲン方伯家から送り込まれたミニステリアーレス達だったのだろう。翌年2月にはオットーの後を継いで総長となったが、早くも6月に亡くなり、遺体はアッコンに埋葬された。ドスブルクの年代記によると数年間総長の地位にあったとあるが、実際の在職期間は1年に満たなかったようだ。

注.参考文献

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