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初代総長ハインリッヒ・ワルポット (・フォン・バッセンハイム)小伝
(1198から1200年)



紋章
「Hans-Georg Boehm Hochmeisterwappen des Deutschen Ordens 1198-1618 FRANKONIA 1990」15頁より

 ハインリッヒ・ワルポットは初代ドイツ騎士修道会の総長であり、1190年にアッコンで創設されたドイツ人病院の第五代目院長である。ワルポットは「バッセンハイムのワルポット」と記述されることが多いのだが、このバッセンハイムという名称が付加されたのは15世紀末頃のことでそれ以前には付加されていない。出身についてはラインラントのバッセンハイム家の出であるとか、リューベック、ブレーメン、マインツ何れかの都市貴族の出身であるとか、ワルポットという家名はラインラント地方に特に数多く存在しているところからラインラントの何れかのワルポット家の出身であるとか、様々な説が提出されており、14や15世紀に作られた総長の紋章によっても貴族出身と言うことになっているが、実際の所は貴族の家人たるミニステリアーレスだったようだ。ワルポットはアッコン市の聖ニコラウス門の近くの修道会の病院と教会の間に土地を所有しており、この土地を病院と教会の連絡用通路として使っていた。この通路に繋がる教会にはアッコンで病死したシュバーベン公フリードリヒが埋葬されている。
 騎士修道会昇格以前の病院時代の1197年にドイツ皇帝ハインリヒ六世からイタリアのバルレッタとリゴラの病院とカンネーの土地、シチリアのパレルモの修道院を寄進されいる。騎士修道会昇格の下準備と言うところらしい。
 1198年春にワルポットはパッサウ司教と共にローマへ旅立った。目的は時のローマ教皇インノケンティウス3世から騎士修道会としての承認を得ることだった。そして、ローマにおいて1199年2月に騎士修道会の承認を得た。ワルポットは、おそらく1200年の11月にアッコン市で死去した。



ハインリヒ・ワルポットの時世のドイツ騎士修道会の所領

注.参考文献

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