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ルーアン(Rouen)
元々はガリア人の町だが、前1世紀頃にローマの大盗賊カエサルが強奪してローマ領となり、3世紀に司教座がおかれ、842年にノルマン人が占領し、そのままフランス王を脅かしてノルマンディ公領としてこの地域一帯を受け取って以来、ノルマンディ地方の中心的な都市として発展した。ノルマンコンクエストでノルマンディ公の領土にイギリスが加わった後はイギリス王とフランス王の係争地としてこの辺りでは戦いが続いた。まー、二人の王様が死力を尽くし奪い合いたく掘るほどに魅力的な都市なんだろう。1204年頃にフランス王フィリップ・オーギュストが占領し、とりあえずフランス王領として落ち着くことになる。14世紀に始まった英仏百年戦争によりまたまたこの辺り一帯は二人の王の奪い合いの標的となり、1418年のにイギリス王ヘンリー5世が占領してしまう。そして、1431年にはジャンヌ・ダルクの火刑が行われている。だが、その後戦局はイギリス王不利へと傾き1449年、この都市は再びフランス王の手に落ちてしまう。と、まるで戦利品のご褒美みたいな都市だった(文:ひゃっくまん)
図は http://historic-cities.huji.ac.il/historic_cities.html より

ルーアンの位置

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