表紙へ > 中世の都市表紙へ > ヨーロッパ地中海の都市表紙へ > フランスの都市
ドイツ騎士修道会表紙へ 百年戦争表紙へ 

カンブレ(Cambrai)
ローマが作り、5世紀にはフランク王国の首都にもなった事がある都市だが、880年にノルマン人が襲ってきてぶっ壊されてしまう。1339年イギリス王エドワード3世が大陸に渡ったさい、カンブレ司教はフランス王支持を表明してエドワード三世に抵抗を試みている。カンブレ司教はフランス王に救援を要請し、フランス王は自ら軍を率いてカンブレ救援に赴いたが、両王の直接対決はなくカンブレ市も持ちこたえてしまう。この戦役時、カンブレ周辺の町や村の多くはエドワード王と同盟者のドイツ諸候にムチャクチャにされちまったが、おかげでカンブレ市だけは難を免れたのだった。とはいえ、カンブレ司教がフランス王支持なんか表明しなければカンブレ司教領だったこの辺り一帯を荒らされる事もなかったんだがね。1477年にフランス王領に組み込まれてしまう。(文:ひゃっくまん)
図は http://www.rareprintsgallery.com/ より

カンブレの位置

inserted by FC2 system