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アビニオン(Avignon)
1575年に描かれた鳥瞰図である。アヴィニョンと書く方が言いそうだが、とある漫画にちなんでアビニオンと呼んでみた。あっちはアルビオンだっけ。元はガリアのカウァレ族の集落だったが、フェニキア人の植民市が作られ、ボエニ戦争でローマの手に落ちた。その後、プロヴァンス伯だ、トゥールース伯だ、の領地になっていたが、12世紀末頃に自治を認められた。しかし、1226年にアルビジョア十字軍により自治権を奪われ再びプロヴァンス伯領に組み入れられた。1309年にアビニオン虜囚として有名な大分裂の方翼を担った教皇町が教皇庁が置かれ、1348年には教皇庁がプロヴァンス伯領より買い取り教皇庁直轄地となった。教皇庁はこの図の左上部の橋が繋がる丘の巨大な建物にあった。これは1316年に着工し1370年にようやく完成したというもの凄く時間と金のかかった建物だ。市壁も教皇庁が1356年に築いたものである。アビニオン虜囚がなければそれほど重要な都市にはなりえなかった様だ。図右上にある橋は「アビニオンの橋」という童謡で有名な童謡で有名なサン・ペネゼ橋で、図中央上部の市内の丘の麓にあるのはノートル・ダム・デ・ドーム大聖堂である。(文:ひゃっくまん)
図は http://www.barron.co.uk/ より

アビニオンの位置

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