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スパルタの民会

 スパルタの政治制度は大きく分けて長老会、民会、エポロス、2王制の4つの要素からなっている。この中で、どの部分が政策決定について決定的な役割を果たすかについて意見が分かれている(1)。スパルタにおける政策決定はスパルタの法たるレトラによると先議機関たる長老会で議案が作られ、民会ではその賛否が問われるだけで修正は許されなかったとされている。

プルタルコスが引用したレトラ
(汝立法者は)ゼウス・シュラニオスとアテナ・シュラニアとの社を設け、(新たに、地縁的な)部族を設け、(それを、更に)オーバイに分けて民衆をそこに住せしめ、アルカゲタイを含む三十名の長老たちによって長老会を設立すべし。(かくして成立せる長老会は)、時に応じて、バビュカとクナキオンとの間にて、(民衆を)民会に召集し、そこにおいて、議案を提出し、また、(議場より退きて)民会を延期・休会せしむることを得べし。市民たるものが(民会を構成し)、採決権を保有すべし。
 もし民衆が議案を曲げて決定することがあれば、長老会の全メンバーは議場から退出して、民会を解散する。
」[Plut.Lyk.6](2)

 他に以下のアリストテレスのスパルタの政策決定に関する記述やプルタルコスやディオドロスが引用したテュルタイオスの詩からもレトラと同様のことが読みとれる。

アリストテレス
すべての人々は民会に与るが、長老達やコスモイによって決定されたことを確認する以外には何の権利も有していない。」[Arist.Pol.1272.a11(古山正人氏訳)](3)

プルタルコスが引用したテュルタイオスの詩
すなわち、神々に敬われる王たちが評議を始めるべきこと。彼らはいとおしいスパルタの国家に心を配る。最初に老人の長老たち、長老たちの後で民衆の人々も。彼らは真直ぐな契約に従う。」[Plut.Lyk.6](4)

 上の史料から民会で討議すべき議案は長老会で作られ、その議案の可否のみが民会で討議されたと見ることができる。更に上記のアリストテレス等の記述を根拠として民会は形式的なもので、主権は有さず、討議も行われなかったとする説が一般的だった(5)



大レトラを根拠とした従来説によるスパルタの民会

 しかし、スパルタの民会についての実際の討議の様子について言及しているトゥキュディデスやクセノポンの記述を検討したアンドリューズは、スパルタの民会が実質的な討議を行い政策決定機関として機能していたと主張した。アンドリューズの説は、後にド・サント・クロワによる批判を受けた。ド・サント・クロワはスパルタには民会を通して行われる裁判がなく裁判の大半が長老会で行われていた点と、有力者が裁判で無罪になった例を根拠として、スパルタは長老会や王などの有力者に支配された状態にあり、民会は政策決定機関として機能していないと主張した。現在、どちらの説も主要学説の地位を占めるに至っていない(6)。アンドリューズ説をもとにスパルタの政策決定過程について検討した古山正人氏の検討を見るに、民会で討議が行われたことは間違いないようだが、民会での討議がスパルタ市民全体で自由に議論する形で行われたのか、王や長老会、エポロスなど、一部の影響力を持つ役職の人々の統制下で行われたのかは判断しがたい(7)



アンドリューズ説によるスパルタの民会

 ホドキンソンは、ド・サント・クロワの説を補強している。ホドキンソンによるとスパルタ社会の原理は均質性、集団利益の優先、協調性であるが、それと同時に富、個人的功績、生まれ、年長者優位原則等の価値観が影響力を持っていた。この価値観をもとに教育や、共同食事、軍隊の場でヒエラルキーが形成された。王やヘラクレイダイなどのように生まれた家の社会的地位や経済力等で生まれによる社会的地位がある程度定まり、共同食事等で特別な寄付を行う、教育の場や狩猟等で抜きん出た能力を示す、軍事的功績を挙げるなどで社会的上昇を果たす(8)。この際、パトロネジの関係も重要な要素の一つとなる。その例としてホドキンソンはスフォドリアスをあげる。クセノポン「ヘレニカ」[5.4.20-33]によるとスフォドリアスは前378年にテーバイの買収に乗った罪によりエポロイから死刑を宣告されるが、アゲシラオス王の計らいで死刑を免れている。その後も要職に残り続け、前371年のレウクトラの戦いにクレオンブロトス王の幕僚として参加している。ホドキンソンはスフォドリアスが要職を占め、死刑を免れた理由はクレオンプロトス王との関係にあったと見ている(9)。功績により社会的上昇を果たした人物の代表として、ペロポネソス戦争前半に多くの軍事的な功績をあげたブラシダスがあげられている。トゥキュディデス[2.25]やディオドロス[12.43.2]によるとブラシダスは前431年にメトネ戦で功績を挙げ、クセノポン「ヘレニカ」[2.3.10]によると同年のエポロイに選ばれ、トゥキュディデス[4.70]によると前424年にはトラキア遠征軍の指揮官になっている。しかし、個人的功績は社会的上昇の一要因に過ぎない。ホドキンソンはプロソポグラフィーから同一の家系から多数の高位役職者が現れている事例を示し、軍事的功績により社会的上昇を果たしたと見られているブラシダスでさえ生まれの良さが社会的上昇の要因として働いた可能性を指摘している(10)
 ホドキンソンの説を見るにスパルタ社会において一部の家系、特に王家がパトロネジを利用して役職者選出や民会の統制を行っていたように見える。故に民会で議論が行われているように見えるが、その背後にあるパトロネジ関係により政策決定機関としての機能を果たせなかったととれる。
 ホドキンソンが言うようにパトロネジ関係がスパルタに存在したのは事実のようだが、古山正人氏によると、長老会の選出がパトロネジをもとに行われた具体例はなく、共同食事の場でパトロネジが形成されたと断定できず、民会においても個々のスパルタ市民が主体的に行動した可能性は否定できないとして、スパルタではローマと違い、パトロネジ関係が社会全体を覆い尽くしてはいなかったとしている(11)
 以上から、スパルタの政策決定機関は民会であり、民会での決定には有力者達のもつパトロネジが大きく作用したが、民会を完全に統制するまでには至らなかったと考えられる。但し、長老会や王の裁判への影響力や、有力者の中でも抜きん出て大きいパトロネジが他の市民に対して優越したであろうことは想像に難くない。故に、多くの場合、民会は長老会や王主導で行われたと考えられる。
 そして、スパルタの意志決定手順は長老会での先議を経て民会へ送られるのではなく、アンドリューズが示したように王や長老会や一般市民などが一緒くたになって討議する民会での討議の中で行われたのだろう。



私の結論としてのスパルタの民会

注釈

  1. パルタの政策決定に関する議論は 古山正人,スパルタにおけるパトロネジの有効性,pp.78-85.:長谷川博隆編,古典古代とパトロネジ,名古屋大学出版会,1992. が詳しい。
  2. トラの訳は 新村祐一郎, スパルタのGreat Rhetraに関する2・3の問題−−Great Rhetraの内容の考察を中心に, 西洋古典学研究12, 1964, p.33. と 新村祐一郎, 「大レトラ」の追加条項について, 西洋史学80, 1968, p.12. から引用。清永昭次訳, リュクルゴス伝, 村川堅太郎編, プルタルコス英雄伝 上, 筑摩書房, 1987: p.60. を参照して一部修正。
  3. 古山正人,スパルタにおけるパトロネジの有効性, p.78.:長谷川博隆編,古典古代とパトロネジ,名古屋大学出版会,1992. から引用。
  4. 清永昭次訳, リュクルゴス伝, p.60.:村川堅太郎編, プルタルコス英雄伝 上, 筑摩書房, 1987 から引用。新村祐一郎著, 「大レトラ」の追加条項について, 西洋史学80, 1968, p.13. の解釈に基づき、J.M.Edmonds, Loeb Classcal Library No.258:Greek Elegy and Iambus 1, Harvard, 1931, p.65.を参考に一部修正。
  5. 古山正人,スパルタにおけるパトロネジの有効性,p.68.:長谷川博隆編,古典古代とパトロネジ,名古屋大学出版会,1992. によると1966年にアンドリューズが民会優位の説を出すまでこの説が有力だった。
  6. ンドリューズの説はA.Andrewes,The Government of Classical Sparta,pp.49-68; in M.Whitby,Sparta, Edinburgh,2002。ド・サント・クロワの説はG.E.M.De Ste Croixm,Trials at Sparta,pp.69-77; in M.Whitby,Sparta, Edinburgh,2002。古山正人,スパルタにおけるパトロネジの有効性, p.68:長谷川博隆編,古典古代とパトロネジ,名古屋大学出版会,1992. によると日本では概ねこのアンドリューズの説が受け入れられてきた。
  7. 古山正人,スパルタにおけるパトロネジの有効性,pp.78-84:長谷川博隆編,古典古代とパトロネジ,名古屋大学出版会,1992. ここで古山正人氏はプルタルコス、ディオドロス、クセノポン、トゥキュディデスなどに記述されているスパルタ民会の議事進行を内政と外交に分けて検討し、民会ではド・サント・クロワやカートリッジなどが重視する長老会の影が薄い点を指摘している。
  8. Hodkinson,Social Order and the Conflict of Values in Classical Sparta,pp.106-107: in M.Whitby,Sparta, Edinburgh,2002. ホドキンソンは前7世紀の危機の中で新たな原則として均質性、集団利益の優先、協調性の3つが現れたが、これはそれまでの培われてきた富、個人的功績、生まれ、年長者優位原則の貴族主義的な4つの価値観を破壊するものではなかったとしている。
  9. Hodkinson,Social Order and the Conflict of Values in Classical Sparta,pp.113-114: in M.Whitby,Sparta, Edinburgh,2002.
  10. Hodkinson,Social Order and the Conflict of Values in Classical Sparta,pp.124-128: in M.Whitby,Sparta, Edinburgh,2002.
  11. 古山正人,スパルタにおけるパトロネジの有効性,pp.84-90:長谷川博隆編,古典古代とパトロネジ,名古屋大学出版会,1992.

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