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参考資料集

目次

総合  イギリス関連   フランス関連 
文献 45冊 文献 43冊 文献 22冊
論文 5本 論文 22本 論文 16本
注.
関連する記述のみ紹介(紹介というよりは感想文)。
各項目毎に著者名の50音順に表示。
国外の著者については国内の著者の後にアルファベット順に表示。
著者複数の場合は、最後尾に表示し、表題をキーとして配列。
著者名の次に出版年代をキーとして配列。
値段は参照した本に提示されたもで、現在の価格と異なる可能性あり。

総合

文献

  1. 泉周雄著 私のヨーロッパ物語 博文館新社 1997年 ¥2500
     国別に簡単な歴史が記されており、百年戦争の記述はフランス史の102から106頁と、イギリス史の138から139頁にある。どちらも実に簡単な記述だが、歴史に対する著者の感想文みたいだ。

  2. 石井美樹子著 中世の食卓から 筑摩書房 1991年 ¥1700
     中世の食について料理や食材、食に関わるエピソードなどの主題で章分けがなされ、各章では主題に纏わる、お祭りやら、宗教やら、料理法などの様々なエピソードが収められている。文学や聖書などからの引用文も多用された、食に纏わるちょっとした読み物だ。

  3. 伊藤政之助著 戦争史 西洋中世編 戦争史刊行会 1938年 ¥10
     714から840頁に百年戦争の記述がある。表題の通り戦争を主にした物語風の記述である。図も沢山あり、最後に主要な戦闘を記した年表もあり、旧語体という点を除けば、実に分かり易い本であるが、そこに記される情報はあまりに古く、特に数値情報は信頼できそうにない。

  4. 堀米庸三著 西洋中世世界の崩壊 岩波書店 1958年 ¥−
     148から172頁にエドワード三世が始めた百年戦争前半戦の記述がある。戦争の原因をフランス王権の拡大と経済的な面に見ている。フランスとイギリスの王権は戦費調達に苦しみ異なる方向に解決策を見いだしている。イギリス王は議会に頼り、大幅譲歩を余儀なくされて王権が制限される方向へ進んでいる。逆にフランス王は全国的な行政組織を整備し、王権を強化する方向へ進んでいる。この項ではイギリス議会制の発達に重点が置かれている。州市の代表で構成された下院が形成されたが、大貴族を中心とする上院が主導権を握っていたと言うところらしい。195から200頁に後半戦の記述があるが、概説的に出来事を並べただけの記述に留まっている。172から195頁に百年戦争当時の主にドイツの状態が記されている。皇帝権と法王権が弱体化したドイツではイギリス、フランスの影響力が強くなってきたのだが、両国が戦争に突入したために、両国の影響が小さくなり、独自の道を歩むのを容易にしたと取れる。この戦争を総括するとイギリスでは王権が弱まり、議会の力が強くなり、フランスでは王権が強まり、王を中心とした官僚制が整備され、両国とも封建制が崩壊していったようだ。この影響は他国にも広がり、封建制の崩壊を助長する結果となったということらしい。

  5. 久光重平著 西洋貨幣史 中巻 国書刊行会 1994年  ¥−
     国毎時代毎に貨幣の歴史を解説した本で、教皇庁や都市などの貨幣も解説されている。英仏に限ってみるとフランスでは、550から556頁にフィリップ6世からシャルル5世迄の百年戦争前半戦の概史と貨幣政策があり、 635から639頁に後半戦のシャルル6世から7世迄がある。全般的に改鋳改悪の時代だったらしい。シャルル5世の改革で一時的に持ち直したようだが、シャルル6世の時に再び悪化し、シャルル7世の時世にようやく持ち直し始めたと言うところらしい。イギリスでは、537から545頁にエドワード3世からリチャード2世迄、622から629頁にヘンリー4世から6世迄がある。エドワード3世の時代に貨幣の質向上の政策が採られ、金貨の生産が始まっている。ヘンリー4世の時世には地金不足から貨幣の大規模な改革が行われ、ヘンリー6世に至るまで継承されている。他にも、フランス国内で鋳造された黒太子貨幣とかブルゴーニュ公の貨幣とかが紹介されている。

  6. 森護著 西洋の紋章とデザイン ダヴィッド社 1982年 ¥3200
     紋章を実際に作るとか、利用しようとした場合の案内書のような感じの本。最初に紋章についての解説があるが、「森護著 ヨーロッパの紋章−−紋章学入門 河出書房新社 1996年」の要約と言った感じである。後半に紋章の利用権と著作権について実際の事例を引きながらの解説がある。殆どのページに中世から現代に至る紋章が掲載されており、大変分かり易い。

  7. 森護著 ヨーロッパの紋章−−紋章学入門 河出書房新社 1996年 ¥4500
     紋章学の入門書で、主要な紋章用語の解説がある。まず、大紋章の構成に始まり、紋章の構図や用語の解説、図柄用語の解説、紋章の個人や家柄などを識別するための様式を表す用語の解説と続き、最後に英国王の紋章史がある。紋章の基礎用語の辞典と言った感じで、図が多用されており、意味や歴史、例外的な用法が解説されている。著名人の紋章などの雑談もちりばめられており、読み物としても面白い。  

  8. 安田喜憲著 森と文明の物語 筑摩書房 1995年 ¥680
     森の盛衰と文明の盛衰の関係を解説した本で、108から126頁に中世の解説がある。イギリスの花粉分析の結果が掲載されている。12から13世紀に森が急速に減少し、その後小康状態が続き、14世紀にペストの流行した時期に再び回復に転じている。中世の森に関する簡単な概説と言った感じである。  

  9. 山中謙二著 西洋中世史 有斐閣 1952年 ¥300
     西洋中世の概史で、223から235頁に百年戦争の解説がある。主要な事件を羅列しただけの記述で、百年戦争をイギリス、フランス両国が中央集権国家へと変化する初端に当た事件としているようだ。  

  10. 渡辺節夫著 西欧中世社会経済史関係資料集 杉山書店 1987年 ¥1000
     300年から1500年に至るヨーロッパ史の資料集。基本的には入門書のようなもの。全般を概説した日本語の文献目録と用語解説集、年表、史料集で構成されている。百年戦争期に直接関わるのは92から94頁の14,15世紀のフランス人口統計史料の解説で、人口を調べる際にはどのような史料に当たったらよいかが地域別に記されている。ちょっとした中世辞書と言った感じの本。  

  11. アルノ・ボルスト著 永野藤夫/井本しょう二/青木誠之訳 西洋の巷にて(上下) 平凡社 1986年 ¥5800(合計金額)
     様々な原典史料から見える中世社会を解説した本。1つの史料を示し、そこから読みとれる事柄や背景を解説する形で構成されており、その中に百年戦争に纏わる史料も含まれている。一つは上巻80から85頁のパリに住む或る夫婦の話で、夫が妻を諭す内容になっている。百年戦争当時の社会の一端が見える史料と言うところ。もう一つは上巻323から328頁で百年戦争の前半部たるエドワード3世戦争を記述したフワサールの「年代記」の一節で、1381年にイギリスで発生した農民反乱の史料である。最後のは上巻351から357頁で、1415年のアザンクールの戦いの史料で、出典はトマ・ハザンのフランス史である。ここで百年戦争後半戦、ヘンリー王戦争の背景解説とアザンクールの戦いの解説がある。原典史料に直接触れる形で、解説が読めるような本は意外に少ないので、この本は貴重だ。  

  12. アンリ・ピレンヌ著 佐々木克巳訳 ヨーロッパの歴史 創文社 1991年 ¥9270
     360から386頁に百年戦争の解説がある。基本的には百年戦争は英王のフランス王位への野心が戦争の原因であり、目的であったとしている。当時の状況では経済力、軍事力、人口と全ての点でフランスが勝っており、イギリスが戦争を有利に運べた要因はフランスの分裂にあったとしている。百年戦争期はフランスの内戦であり、イギリスはその脇役的な存在だったようにすら見えてくる。原書が書かれた時期が1917年と古く第一次世界大戦と相まって国家主義的な思考が支配的であると言う点を考えてこの記述を考える必要がありそうだ。  

  13. クラウス・ベルクドルト著 宮原啓子/渡邊芳子訳 ヨーロッパの黒死病 国文社 1997年 ¥3700
     1347から1351年にかけてヨーロッパ全土を襲った最初の黒死病の流行を解説した本。最初に古代における黒死病の歴史や黒死病の病理学的な解説がある。次に地域毎に様々な原著の引用やエピソードなどを使って社会的な状況が解説されている。特に、ベトラルカの著作からの引用が多いように見受けられる。ベトラルカについては特別に一章設けて解説している。この本から面白いことが読みとれる。黒死病では教会関係者の死亡率が一際高かったようだ。原因は彼等が他の職種に比べ、多くの人と接触する機会が多く、疫病により慈善的作業が増大したことによりペスト患者と接触する機会が増大したためのようだ。その補充として十分な訓練や知識を施されず、教会関係者としての意識の低い者が多数採用される結果となり、教会関係者の不正行為が増大し、教会の威信が大幅に低下したそうだ。一つの見方として面白い。以外に、大学関係者の死亡率は低かったが、医師や教会関係者の補充が急がれた為、教育の質も低下したようだ。黒死病により有能な人材が失われ、補充として無能な人材を登用したために教会等の組織の威信が低下し、機能が低下した様子が見て取れる。  

  14. ジョルジュ・ミノワ著 大野朗子/菅原恵美子訳 老いの歴史 筑摩書房 1996年 ¥5700
     271から325頁の14−15世紀を扱った章で、この時期にヨーロッパ全体で老人の割合が増大している点が様々な数値データを駆使して解説され、老人の地位が高かった点も幾つかの例で解説されている。その例として、百年戦争に関わった、人物も例として挙げられている。例えば、フィリップ6世やジョン王に仕えた傭兵隊指揮官シャティオン、ウーズ、ドートレエム等や、フランス軍の改革を断行したリッシュモン大元帥は老年であったと指摘されている。この時代の老人の地位や、寿命の延長等の社会的背景を知るのに使えそうである。  

  15. バート・S・ホール著 市場泰男訳 火器の誕生とヨーロッパの戦争 平凡社 1999年 ¥4500
     前半の25から209頁の多くが百年戦争がらみの記述になっている。火薬と大砲に関する概史で、火砲登場の全史としてイギリスの弓兵、重装歩兵の連合戦術の解説がある。イギリスはスコットランドとの戦いを通してこの戦術の開発し、百年戦争で活用した。基本的には Kelly DeVries著 Infantry Warfare In The Early Fourteenth Century BOYDELL 1996年(英語) で言われていることである。15世紀に入り、ヘンリー5世は火砲を有効に利用して初期の征服事業を有利に運んだが、ヘンリー6世の代には逆にフランスの方がより効率的な運用を行い、奪還を有利に進めたようだ。火薬の性質やその価格の変化が極めて詳細に語られている。百年戦争期は大砲も火薬も飛躍的に進歩し始めた時代に当たるようだ。しかし、多くの場合大砲は脅し以上の効果はなかったようだ。効果を発揮するのは百年戦争以後からと言うことらしい。  

  16. ビョールラン・ランドストローム著 石原裕次郎監修 世界の帆船 ノーベル書房 1976年 ¥2900
     帆船の歴史を解説した本で、原史料のデッサンとそれから復元した絵と解説で構成されている。百年戦争期のイギリス、フランスの船は殆どないが、イギリス、フランス船と似たような形のドイツの船が収録されている。この時期の北ヨーロッパ船の主流は四角帆一枚で船体が板を重ね合わせて接合する鎧張りの帆船だったようだ。82と83頁に15世紀にフランスが使った帆を裂く為の鈎を備えた船のデッサンがある。帆桁の端に鈎が付いており、恐らく敵船に接近して帆を絡ませるようにぶつけて使うのだろう。  

  17. フィリップ・コンタミーヌ著 坂巻昭二訳 百年戦争 白水社 2003年 ¥951
     最高だ。と思わず言いたくなる本だ。百年戦争を一つの流れとしてエドワード三世治世からヘンリー六世治世に至る範囲の政治的事件と軍事的事件をカバーしている。たいていの百年戦争関連の文献はクレシー、ポワティエ、アザンクール、ジャンヌ・ダルクとこの辺りのみの記述に留まることが多い。しかし、この本ではそれらは全体の中の一つのエピソードとして記述されるに過ぎない。記述は幾分物語風ではあるが、注釈により参照資料も明記されており、資料検索にも役立つ。イギリスかフランスへの偏りは少ないように見える。どちらかと言えばフランス側の記述が多いように見える。フランス、イギリスのみならず、スペインの件も加味して記述している。各事件の記述は紙面の都合により薄味にならざるおえないが、160頁足らずで記述できる範囲から言えばここが限界と思える。といっても、ジャンヌ・ダルクの記述はやはり多い。ヘンリー6世治世には35頁くらいが費やされているが、その1/3の9頁がジャンヌに関する記述になっている。但し、直接ジャンヌに関する部分は4頁くらいしかなく、残りはジャンヌ登場時頃の政治的、軍事的状況説明に使われている。クレシーや、ポワティエに至っては1か2頁程度の記述しかない。軍事的な記述は会戦よりも会戦に至る戦役の記述が主になっている。  

  18. フェルディナント・ザイプト著 永野藤夫/井本昭二/今田理枝訳 図解 中世の光と影 下 原書房 1996年 ¥3800
     431から440頁に百年戦争開始時の背景や当時のイギリス議会、クレシーの戦いに纏わる外交状況や国内状況が記述されている。511から515頁に1415年のアザンクールの戦い前後の外交関係の話があり、623頁にフス派のヤンと比較する形でジャンヌ・ダルクの記述がある。百年戦争に纏わる背景の一端を眺めるのにはよいかもしれない。  

  19. フルカン著 神戸大学西洋経済史研究室訳 封建制・領主制とは何か 晃洋書房 1982年 ¥3200
     封建制と領主制の違いを明確にしてその状態を3つの時期に分けて解説した本で、276から330頁に百年戦争当時の主にフランスについての領主制と封建制の衰退過程の分析がある。封建制を封主と封臣の個人的な人的結合として捉え、領主制を貴族による一定範囲の土地支配の形態の一つと捉えているように見える。百年戦争期には封建制は決定的に衰退し、領主制は新たな形態に変化してなおも盛んに存続を続けていくと言った感じである。貴族の国家への依存が高まり、賦役労働から賃労働や土地の賃借経営への変化が高まった時期が百年戦争期と言うことらしい。  

  20. ミシェル・パストゥロー著 松村理恵/松村剛訳 紋章の歴史 創元社 1997年 ¥1400
     ヨーロッパの紋章について解説した本で起源から現代に至る範囲が網羅されているが、12から15世紀あたりの紋章についての解説が主になっているように見受けられる。様々な紋章がカラーで分かり易く紹介されている。他に、フランス王家などに見られる百合の花の紋章、鷲とライオンの紋章の分布、紋章用語の解説など、トピックスも色々と紹介されている。百年戦争に関わった人々の紋章も幾つか見受けられる。  

  21. リデル・ハート著 森沢猿鶴訳 戦略論 原書房 1986年 ¥2800
     64から65頁にデュ・ゲクランの行動を「フェビアン戦略」の実践と捉えて検討している一節があり、エドワード2世やヘンリー5世の行った行動をフランス軍に助けられて勝ったに過ぎないと酷評している。情報的には目新しいものはない。  

  22. リチャード・バーバー著 田口孝夫訳 騎士道物語 原書房 1996年 ¥3200
     1から77頁の「騎士と戦い」の章に百年戦争に纏わる話が散見される。例えば、50から53頁のクレシーの戦いとか、53から55頁のポワティエの戦いとか、69頁ではフォルミニー、カスティオンの戦い等が記述されている。戦いの記述ばかりではなく、フランスの騎士を中心にした軍の様子とか、イギリスの軍政や、15世紀辺りから本格導入された大砲の話し等、それなりに面白い話が鏤められている。  

  23. 半田元夫/今野圀雄著 キリスト教史1 山川出版社 1977年 ¥1900
     489から502頁に百年戦争期の教会の歴史がある。但し、百年戦争に纏わる記述は殆どない。しかし、この時期のフランスと教皇庁の関係で重要なアヴィニョン虜囚末期の記述がある。教皇のローマ帰還は百年戦争前半中に起きた事件で、489から493頁に百年戦争前半の教皇庁とイギリス、フランスの関係が記述されている。494頁以降はフス派に纏わる記述が主になっている。  

  24. 田中政男/大野真一/松原正道/岩井宜俊著 史料西洋史 大学教育社 1982年 ¥2500
     扱っているページ数は65から71頁の7頁と少ないが、資料を探す為の情報に溢れている。但し、残念なのは情報が古い点である。最初に百年戦争の解説があり、続いて基礎史料が3つ紹介されている。1325から1400年に渡る歴史が記されたフロワサールの「年代記」、1351年に労働賃金高騰の抑制を目指してエドワード3世が発布した「労働者勅令」、1431年にジャンヌ・ダルクに下された判決文「ジャンヌ・ダルク最終判決」の3つが紹介されている。69から71頁に百年戦争に関わる文献や論文の一覧があり、資料を探す指標になる。  

  25. 下中弘編 西洋史料集成 平凡社 1956年 ¥29000
     西洋史の史料集で、中世末期のイギリスとフランスの章、280から308頁に百年戦争に纏わる史料が数多くある。どれも妙訳や抜粋で完全な史料は殆どないが、史料数は豊富に用意されていて使いではある。目次の位置が本の中央あたりなのは頂けない。

     
  26. 藤原保信/飯島昇藏編 西洋政治思想史 新評論 1995年 ¥4300
     西洋の政治思想に影響を与えた思想家の思想を解説した本で、中世ではアウグスティヌス、アクィナス、マルシウスの三人が解説されている。三人の思想を理解するためには古代の思想家の思想も理解する必要があるが、この本には古代のプラトン、アリストテレス、キケロの三人も紹介されている。アクィナス、マルシリウスはアリストテレスの影響を被っているようだ。思想家の思想は解説されているが、これらの思想がどの様に実際の政治に影響を与えたのかは解説されていない。どうも、アクィナイは善の実現を重視し、マルシリウスは平和を重視したように見える。他の二人が理想を求めるのと違い、アウグスティヌスは理想と現実を峻別し、現実と妥協しているようにも見える。

  27. ヨーロッパ中世史研究会編 西洋中世史料集 東京大学出版会 2000年 ¥3200
      242から279頁の中世後期のイギリスとフランスの章に百年戦争当時の各種資料が収録されている。直接的な史料は265から274頁のフロワサール、トロワ、アラス条約、ジャンヌ・ダルク、シャルル7世の軍制改革がある。大半の史料は抜粋で、参考程度の物である。

  28. 大類伸編 世界の戦史4 十字軍と騎士 人物往来社 1966年 ¥490
     239から328頁に百年戦争の章がある。背景の解説として封建制の解説、イギリスとフランス王家と国政の簡単な概説等の政治的背景や、当時の農業事情や羊毛等の経済的事情、弩、長弓、火器等の武器に纏わる話や封建軍等の軍事的背景がある。百年戦争の前奏曲たる1302年のフランドル戦争も解説されている。百年戦争前半戦はスロイス、クレシー、ポアティエのの戦いを中心に記述され、間奏曲としてペストの話が続き、最後に後半戦がジャンヌ・ダルクを中心に解説されている。ジャンヌ死後の戦況は簡単に流されている。百年戦争全体の流れと背景を眺めるのに有効である。

     
  29. 木村尚三郎編 世界の戦争5 中世と騎士の戦争 講談社 1985年 ¥1300
     162から275頁に百年戦争に纏わる記述がある。162から169頁で百年戦争を例に取り大砲の効果が論じられ、182から192頁では14から15世紀に起こった戦術や軍制の変化が主に百年戦争を例に論じている。194と195頁に戦況図が、196と197頁には軍装の絵が掲載されている。202から210頁にヴェルヌイユの戦いが、227から236頁ではアザンクールの戦いが各種の原典史料の引用で後付けられている。212から225と237から276頁ではジャンヌ・ダルクに纏わる様々な話が解説されている。百年戦争全体を見通すことはできないが、それに纏わる軍事的背景を知るには有用な書である。原典史料や数値データーもそれなりに使われており、基礎史料としても使えそうである。

  30. ジョン・ゴス編 小林章夫監訳 ブラウンとホーヘンベルフのヨーロッパ都市地図 同朋舎 1992年 ¥9800
     16世紀に描かれたヨーロッパ都市の景観図で、パリ、オルレアン、ルーアンなどの百年戦争の舞台となった都市も収録されている。パリ、オルレアン、ルーアン共に薄くて高い市壁の様子を見る限りでは中世の面持ちをそのまま留めているように見受けられる。オルレアンにはトゥーレル要塞がしっかりと正面に描かれている。カレーもあるのだが、こちらは16世紀にはやったイタリア式城塞に改造されており、中世の面持ちは街で最も巨大な建物、教会にしか見ることが出来ない。

  31. − 中世史講座5巻 学生社 1985年 ¥−
     282から294頁にイギリスの各種行政府の長官についての分析がある。長官達の出自や経歴を子細に調べてそのデータを元に分析を進めている。長官には聖職者が多く、行政職を経ることでより上位への聖職へ付くことが可能だったようだ。行政官僚を聖職者から得て、聖職者は聖職者としての出世するために行政官僚になったと言うことらしい。 295から311頁にフランスの身分制議会についての解説がある。フランスではイギリスと違い全国規模の身分制議会、全国三部会が重要性を持たず、地方議会に重点が置かれていた。しかし、行政組織の全国規模の浸透が進み地方議会も重要性を失っていったらしい。百年戦争期には財政的理由から全国三部会が盛んに開かれた。

  32. − 中世史講座6巻 学生社 1992年 ¥−
     381から399頁に10から15世紀に至る軍政の変化かが概説されている。389からが14世紀で、この世紀に戦術の変革があり騎兵に対する歩兵の優位が生み出されたようだ。392から15世紀で軍編成や組織が大幅に改変されていく様子が解説されている。イギリスとフランスの軍政中心に解説を行っているので、これはこのまま百年戦争の解説とも取れる。

  33. 世良晃志郎編 ヨーロッパ身分制社会の歴史と構造 創文社 1987年 ¥11000
     13から15世紀のヨーロッパについて、国政、社会、教会に関する論文を集めた論文集。百年戦争に直接関わるものとしては61から112頁の1351年にフランスで発せられた労働や物価に関する勅令、113から180頁の15世紀のイギリスの国家財政、587から670頁のフランスの国民意識を分析した論文がある。この中で、イギリスの財政の論文は「城戸毅著 中世イギリス財政史研究 東京大学出版会 1994年」 に収録されており、全体を見通す意味でもこちらを見た方がいい。フランスに関する2論文は大半を研究史の分析に当てており、全体を理解するのが容易でない。フランスの労働勅令は現在黒死病や百年戦争による労働者不足や物価高騰に対する場当たり的な対応策として出されたとする説と、そのような背景に関わりなく1307年に出された勅令の確認に過ぎないとする説に分かれているようだ。後半を実際の内容の分析にあてている。これを見る限りでは、価格の制限、販売法の規定などが細かく定められており、市場に対する監視が極めて厳しい法だ。フランスの国民意識の論文は全体が研究史の検討に当てられている。著者はフランスの国民意識はブルゴーニュやノルマンディーなど極めて地域的なもので、それが地域間の交流の促進や王を中心とした人為的な政策などでフランス人としてまとめられていったとする見解が妥当だと考えていると見受けられた。  

  34. M.D.ノウルズ編 上智大学中世思想研究所訳 キリスト教史4 平凡社 1996年 ¥1600
     435から583頁に百年戦争当時の教会状況の解説がある。特にこの時期、教会にとって重要なアヴィニョン虜囚の記述が435から479頁にある。フランスに教皇庁があるからフランス王室にかなり依存しているだろうと思うだろうが、実際にはかなり自主性を持っていたようだ。それでも大分裂時、フランスはアヴィニョン教皇を支持し、イギリスはローマ教皇を支持していた事情を考えると、それなりにアヴィニョン教皇はフランスよりだったようだ。483から488頁の大分裂の余波としてフランスとイギリスが宗教面で教皇庁から独立していった点が指摘されている。475頁の地図を見ると百年戦争と大分裂の関係の一端が見えるような気がする。まさに百年戦争で組まれた敵対関係がそのまま、大分裂での敵対関係となっている。540頁以降はフス派の記述が主となり英仏関係の記述は少なくなる。他にも、当時の宗教思想や修道院の状況等、宗教的な背景の解説もあり、当時の教会事情を知るのに使える。

  35. − 岩波講座世界歴史11中世5 岩波書店 1970年 ¥1000
     14と15世紀の欧州を解説した本で、イギリス、フランスについては身分制議会、経済、政治史の三章で構成されている。イギリス議会の政治史を絡めた発展史があり、14世紀のフランス全国三部会の活動が政治的事件と絡める形で記述されている。議会はイギリスでは王権を制限して順調に発展を続けたが、フランスでは14世紀の百年戦争の混乱期に大きな活動をしただけで、後は衰退の一途を辿ったようだ。15世紀は領主支配の変化が進み、貴族層には従来の土地貴族とは異なる官僚のスペシャリストたる官職貴族が現れてくる。都市が勃興し、都市資本が農村に流れ込んでくるなどなど、政治体制から経済体制まで様々な変化が現れ、従来の封建制の衰退が進み、新たな制度が現れてくる過渡期に当たる。その姿を国別に項目別に解説しており、特にフランス、イギリスの解説が主なので使い出がある。他に、アヴィニョン時代の教会の制度状態、後期ゴシック文化のイメージのような物などの解説もある。だが、多くの論文は様々な説を絡めながら解説しているために少々分かりづらい。

  36. Jim Bradbury著 The Medieval Siege BOYDELL 1992年(英語)
     中世の攻城の歴史を概観した本で百年戦争の攻城も153から178頁で紹介されている。全体をざっと流す感じで解説されているが、ヘンリー5世のカーン、ルーアン攻城戦や、ジャンヌダルクで有名なオルレアン攻城戦、百年戦争最後の戦いと言われるカスティリオンの戦いなどはそれなりに詳しく解説が行われている。基本的にどれも包囲して籠城側の疲労を待つタイプの攻城戦であるが、オルレアンとカスティリオンは救援部隊が到来しており、只の攻城戦とはひと味違う。当時使われていた攻城兵器についての解説もある。攻城塔、破城槌、投石機等の直接城を攻撃する兵器、バリスタ等のような城兵を狙う兵器、城の壁を壊す為の坑道作戦や城の壁にたどり着く為の攻城坂、中世の攻城兵器の最後を飾る大砲など当時の図を活用して解説が行われている。

  37. Kelly DeVries著 Infantry Warfare In The Early Fourteenth Century BOYDELL 1996年(英語)
     14世紀の歩兵が勝利した戦いを分析した本。手法は各種の年代記の記事を比較しながら戦闘の推移を解説し、そこから読みとれる戦術を分析している。扱われた戦いが記録されている年代記は一通り紹介されているので、原典史料の検索にも役に立つ。百年戦争に纏わる戦いは1342年にブルターニュで行われたモーレイクスの戦い、1346年に英仏王の直接対決クレシーの戦い、1346年にフランスと同盟していたスコットランドがイギリスに侵攻して行われたネヴィ・クロスの戦い、1345年にガスコーニュでフランス軍を奇襲で敗ったオベロッシェの戦い、1347年にブルターニュ継承戦争の決着をつけたロッシュ・デリアンの戦いの5つがある。主要な戦いでのイギリス軍の戦法は毎回同じで、障害物を背にして前面と側面に壕を巡らし、騎兵も全て下馬して歩兵の戦列を引く。歩兵の戦列の両側面に弓兵を配置する。敵は側後背に回り込めず、前面へ向かってまっしぐらに突撃してくる。イギリス軍は決して移動せず、弓兵の攻撃をかいくぐってきた敵の攻撃を正面から受け止める。敵は前面に巡らした壕や弓兵の攻撃で、イギリス軍の歩兵陣へ着いた時には混乱した状態になり、イギリスの歩兵陣に撃ち破られる。オペロッシュとロッシュ・デリアンの戦いは奇襲攻撃で、宿営地で休んでいたフランス軍を急襲して撃ち破った戦いなので、戦いの様相が全く異なる。

  38. Jean Froissart著 John Jolliffe編訳 Froissart's Chronicles PENGUIN BOOKS 2001年(英語)
     エドワード二世の退位をめぐる争乱からリチャード二世の死までの出来事を記録したフロワサールの年代記の要約版である。フロワサールはエドワード三世妃フィリッパの従者をしていたが、その後ヨーロッパ各地を取材して歩いた。年代記は当初リチャード二世の元にいた時に書かれ、リチャードに捧げられたものだった。しかし、リチャード退位の混乱からフロワサールはフランドルに戻りそこで年代記を完成させている。この版は最初のエドワード二世に関する部分はほぼ全て入っているが後は主要な事件だけを収録しているに過ぎない。他の部分は要約ですましている。主要な事件といってもナヘラの戦いとか、ネヴスイ・クロスの戦いなど、収録されていない百年戦争関連で重要な事件は結構多い。百年戦争とは関係ないが、ニコポリス十字軍はばっちり収録されている。どういう基準で要約が行われているかはよくわからん。

  39. John.Keegan著 The Face of Batttle PIMLICO 1991年(英語)
     戦場の状態を解説した本で、79から116頁にアザンクールの戦いが解説されている。大まかに分けて2つの章で構成されていて、最初はヘンリー5世の上陸からカレー帰還までが解説されている。後半は戦場の光景を当時の史料や実際の実験結果や似たような事例から分析して解説している。戦闘開始前、フランスの将兵は食事や戦闘準備に混乱を来していたが、イギリス軍は食料の欠乏や長雨の中の行軍で体をこわしていた者が多く、下痢などをしていた。フランス軍の最初の突撃は両翼に布陣していた騎兵により行われ、イギリス軍は矢で応戦したがフランス軍の兵士にさほど大きな被害を与えず、馬を傷つけ兵士の士気に影響を与えた。イギリス軍前面に配置された杭によりフランス騎兵は大損害を被り、馬の多くは前進を開始していた徒歩のフランス重歩兵陣へ飛び込み、ここで騎馬警官がデモ隊を追い散らすときに出来る人の波がフランス軍の間で発生し、フランス軍は少なからず混乱を来した。フランス軍の重歩兵部隊は3つのイギリス軍の重歩兵陣へ3つに別れて突入し、フランス軍の陣列は厚く、後ろから押される形でフランス軍はイギリス陣内に突入を続けた。後ろからの圧力は個人戦闘を不利にする要因だった。この時、弓兵達が杭の外へ飛び出し、フランス軍側面へ突撃を始めた。兵の攻撃法は数名のグループを組んでフランス兵一人を袋叩きにする方法が採られた。フランス軍は前面と両面に敵を向かえて懐走した。戦闘後、イギリス軍は戦場を支配し、容易に負傷者を回収できたが、フランス軍はきなかった。更に、イギリス兵の負傷者の多くは切り傷だが、フランス兵は馬から落ちての骨折、矢を受けての矢傷を受けた者が多く(矢先が傷口に残り、化膿した者も少なくなかった)、イギリス軍に比べて重傷者が多かった。このような感じで、戦場での様々な事例が検討されている。事例は戦闘開始前後、騎兵対弓兵、歩兵対歩兵、捕虜の虐殺、ケガ、戦闘での気構えに分けて記述されている。

  40. Sir Ralph Payne-Gallwey著 The Crossbow HOLLAND PRESS 1995年(英語)
     クロスボウの歴史から種類から、関連兵器に関する話まで網羅した総合概説書である。初版は1903年でそれから10回も再版が繰り返された人気本でもある。著者はクロスボウ好きのイギリス貴族のようだ。ヨーロッパのみならず中国の連弩等、東洋の弩の解説もある。とにかく図が多く文字は大きく読み易い。弩の種類毎の分解図などもあり構造的な面の解説も詳しい。百年戦争関連だと、クレシーの戦いで行われてジェノヴァ弩兵とイングランド弓兵の対決について記載している。弩兵にとって不利な条件はあったとはいえ、クレシーの戦いからも射程、貫通力共に長弓の方が優れていたと言えるとしている。イギリスでクロスボウはリチャード1世により導入されエドワード1世が長弓を導入した後も使われ続けたが、14から15世紀の間に廃れていったようだ。なにせヘンリー5世の治世になると、例えば1415年にフランスに上陸した3万の軍の内、弩兵は100名に過ぎなかった。他に投石機や大型のクロスボウとも言えるバリスタなどの攻城兵器についての解説もある。百年戦争についての直接の記述は少ないが当時の飛び道具を知るのに非常によい。但し欠点は注釈が少ないので出典史料が不明確な点だ。

  41. Hans Talhoffer著 Mark Rector訳 Medieval Combat GREENHILL BOOKS 2000年(英語)
      この本は1467年にドイツのマイスター・ハンス・タルホッファーが書いた「フェヒブーフ(戦いの書)」の英訳版である。訳したのはシカゴの剣術同好会の人で専門家というわけではないが、武器についての解説は詳しい。そして、この書に描かれた武器の使用に慣れているようだ。著者のハンス・タルホッファーはヴュルテンブルク公エーバーハルト五世長鬚公の臣下のシュバーベンの騎士、ケーニヒスエッゲ・フォン・ロイトルドの武器指南役だった人である。基本的に一対一の戦いを武器の種類別に絵で解説している本である。理論的にどうとか言うのではなく絵を見て感覚的に実際の戦いへ応用する目的で作られた本のようだ。そのせいか絵も一つの戦いを絵の連続で描くと言うより写真で撮ったように戦いの一つの場面を出すと言った形になっている。中には連続画もあるが順番が飛び飛びだったりする。奇妙な感じの絵も多々ある。例えば女対男の戦いではなぜか男は下半身全体が入るような穴の中に入り、その中から戦い。女性は穴の外から男性を攻撃する形で描かれている。ハンデなのだろうか。実際にはあり得ないような場面である。それにしても全体としては15世紀の騎士達は一対一の戦いではこんな感じで戦っていたんだろうと言った感じではある。15世紀の戦術についての一つの史料と言ったところだろう。何となく扱いにくい気がする史料ではある。 現在、この本を15世紀の白兵戦教本という題で翻訳している。

  42. Anne Curry編 The Battle of Agincourt BOYDELL 2000年(英語)
     1415年に行われたアザンクールの戦いの史料集である。同年代の年代記の抜粋はもとよりこの戦いの行政記録や手紙なども収録されている。この手の史料集とは異なり、同年代の史料だけでなく16世紀の記録や18から20世紀に至る範囲で代表的な研究書の抜粋も用意されている。研究の流れで面白いのは各研究書に添付された戦況図だろう。表現の違いはあれ、さすがにいつの時代も殆ど変わらないのである。後の時代の文学などでアザンクールの戦いを扱ったもの等も収録されている。もちろんシェイクスピアのヘンリー5世のアザンクールの場面も収録されている。史料はイギリスとフランス側両方に渡って用意されている。難点は索引がないことだ。アザンクールの戦いの総合的な史料集というところ。

  43. Nicholas Hooper/Matthew Bennett著 Illustrated Atlas Warfare The Middle Ages 768-1487 CAMBRIDGE 1996年
     中世の戦争を解説した本で、カラーマップとカラーの絵を使って分かり易い解説が行われている。116から123頁に1337から1396年の前半戦があり、クレシー、ポワティエの戦いがコラムとして用意され、スペイン遠征も百年戦争の一部のようにして解説されている。128から135頁に1399から1453年の後半戦があり、アザンクールの戦いとイギリスのフランス遠征軍の兵力がコラムとして用意されている。解説の方法は単純で、いつ誰が何人率いて何処で誰と戦ったと言う記述に時折戦いの様子が添えられている記述が続いているだけである。所々に添えてある当時の様子を描いた絵が彩りを添えている。154から169頁に当時の絵や武器などの写真を使った兵科や武器の解説がある。14世紀以降の解説が主になっている。178から185頁に年表があり、百年戦争期は183から185頁にあたる。戦争史としては極めて分かり易く見やすい。

  44. Peter Thompson編 Contemporary Chronicles of The Hundred Years war THE FOLIO SOCIETY 1966年
     百年戦争の史料集の一種であり、概説書とも言える。3つの年代記の抜粋で構成されており、抜粋された箇所は政治的事件や戦争に関する記述ばかりである。戦争に関わる部分が多い。1331年から1347年まではジャン・ル・ベル、1356年から1399年まではジャン・フロワサール、1407年から1461年まではモンストルレが使われている。三人ともイギリス王室と関わりのある年代記者で、親イギリスの立場にあるのでイギリス側から見た百年戦争といえる本である。付録として地図や年代記に付いていた挿絵の一部や王家の系図なども掲載されている。

  45. Richard W.Unger編 Cogs,Carauels and Galleons The Sailing Ship 1000-1650 CHARTWELL BOOKS 1994年
     1000から1650年の帆船について解説している本で、テーマ別に章が組まれており、論文集のような感じで作られている。船の構造から運用や建造、装備などの解説がある。主にコッゲと呼ばれるバイキング船が発展した北方の帆船についての解説が多い。バイキング船はもとより、地中海で利用されたカラックや、大西洋で使われたガレオンなど当時利用された船種全般の解説がある。百年戦争や地中海での帆船の戦いぶり、16世紀頃から帆船の主力兵器となった大砲の発展についても解説されている。船の建造については当時の図版や構造図などを利用して解説している。中世の帆船を構造から運用に至るまで様々な角度から解説した解説集といった感じだ。

論文

  1. 林邦夫著 アヤラと「ペドロ1世年代記」−−ペドロ1世時代史研究序説(1)−− 東京学芸大学紀要3部門53 2002年
    ペドロ1世の同時代史料の「ペドロ1世年代記」の史料的価値を著者アヤラの立場などから論じた論文で、アヤラの人生の概説や、議論を呼んでいる事項毎の研究史のまとめで成り立っている。アヤラはペドロ1世の家臣として要職を歴任した役人だったが、エンリケとペドロの戦いが起きた際にエンリケに寝返り、その後エンリケの元で要職を歴任している。ペドロに敵対する立場の人だったってことだ。ペドロは残酷な王だったとする話の多くはアヤラの年代記から出てきた話である。アヤラは優秀な役人であると同時に、詩作やラテン語文献などの翻訳を数多く手がけた優秀な文学者でもあった。それ故に、政治的な立場からしてペドロに批判的な偏向が入りやすく、文学者として文学的修辞が入りやすいと見ることができる。それでもアヤラは出来うるかぎり中立的な立場で記述を行ったとする説も多いようだ。この論文では懐疑的な立場に立った結論を下している。まあ、アヤラの履歴と、明らかに文学的な効果を狙ったと取れる予言談などを見るに、「ペドロ1世年代記」はアンチ・ペドロの偏向があると懐疑的な目で見ておいた方が無難なようだ。

  2. 林邦夫著 ペドロ1世時代史関係史料覚書−−ペドロ1世時代史研究序説(2)−− 東京学芸大学紀要3部門54 2003年
    簡単にいえばペドロ1世関連の史料紹介。ペドロ1世を描いた記述史料はもちろんのこと、ポルトガル、アラゴンやら、フランス、イスラーム王朝たるグラナダなど周辺国の史料、イギリスとかの関係国などの史料も紹介している。主要なものは年代記などの記述史料だが、教会文書や、手紙、行政史料集などの紹介もある。まさに、ペドロ資料館といった感じや。問題は紹介されている刊行史料の大半はフランス語とスペイン語ってことだ。英語も少しばかり含まれている。主要史料たるアヤラの年代記は「林邦夫著 アヤラと「ペドロ1世年代記」−−ペドロ1世時代史研究序説(1)−− 東京学芸大学紀要3部門53 2002年」で紹介があるので入っていない。そもそも実在しない言われているが、実在していたのかもしれないと考えられていた。カストロの年代記に関する紹介もある。

  3. 山中謙二著 百年戦争勃発の事情に就いて 史林29−2 1944年
     百年戦争勃発の原因を検討した論文で、結論としては戦場が主にフランスなのでイギリス主導で戦争が始まったとのイメージを持ちがちだが、当時の大国たるフランスが小国のイギリスの権益を侵す形で追い詰めていき、開戦にやむなきに追い込んだと言うところ。論文が書かれた時代が時代だけに、別の見方が可能なように見受けられる。イギリスを日本とし、フランスをアメリカとすれば、これはとりもなおさず太平洋戦争原因論を百年戦争の衣を借りて、暗に主張しているものとも取れる。先制攻撃を掛けたのは日本だが、その状態へ追い込んだのはアメリカだと言うところだろう。

  4. Clifford.J.Rogers著 The Military Revolutions of the Hundred Years'War THE JOURNAL OF MILITARY HISTORY 57 1993年
     1980年代後半頃から活発になったヨーロッパ近世の軍事革命論争に関わる論文で、軍事革命を100年戦争期に前倒しすべきことを主張しているようだ。軍事革命は16世紀から18世紀に至るヨーロッパ各国軍の大規模化とそれに伴う中央集権的な国家の形成を論じた論だが、この論文では軍事革命を一つのタームとして捉えるのではなく、数種類の軍事革命の連なりとして捉えることを主張し、百年戦争に「歩兵革命」、「砲兵革命」が起こり、続いて近世で「要塞革命」が起こり最終的に軍の大規模化が一気に進む「軍事革命」が起こると言うことらしい。百年戦争期に起こった「歩兵革命」とは、従来の封建騎士軍が封建領主以外の一般民を中心とした歩兵軍に変わることで、イギリスの弓兵、スイスのハルバート兵が乗馬した重装甲の騎士軍を撃破したことにより始まった。騎士同士の戦いでは敵を捕虜にして身代金を取る事を目的としていたが、身代金を取ることも取られることもない一般民の大量参戦により相手を殺害することを目的とした戦い方に移行し、戦闘における死傷者の数が飛躍的に増大した。「砲兵革命」は大砲と火薬の発達により城塞を容易に破壊できるようになったことで、攻城戦の意味が減少したことで野戦の意味が増大し、「歩兵革命」と相まって確実に野戦に勝利するためにより多くの兵員が必要になった。この論文の趣旨をこの論文単体から理解するのは困難な気がする。「大久保桂子著 ヨーロッパ「軍事革命」論の射程 思想881 1997年」と合わせて読んだ方がいい。  

  5. 井上正美著 中世ヨーロッパのクマネズミ−−「ネズミの西洋史」の再検討 立命館大学立命館文学558 1999年
     通説的理解によるとネズミがヨーロッパに流入したのは12世紀頃で、最初に入ってきたのは黒死病を運んできたクマネズミだった。クマネズミはヨーロッパに侵入するやいなや爆発的に増殖し、ヨーロッパ全土を覆い尽くした。同時に黒死病もヨーロッパ全土に行き渡ったとされる。18世紀にクマネズミより巨大なドブネズミがヨーロッパに到来し、黒死病を媒介せず、クマネズミの生活圏を脅かすドブネズミ達は瞬く間にヨーロッパ全域に広がり黒死病もろともクマネズミを駆逐してしまったという。しかし、ドブネズミがクマネズミを駆逐したというこの理解には両ネズミの生態から言って疑問点が多いようだ。そして、ヨーロッパ中にクマネズミが広がったという点にも疑問があるようだ。13世紀以降、田園地帯ではクマネズミの存在が確認できず、クマネズミはもっぱら都市部にのみ広がったようだ。ネズミの西洋史の概要と最近の流れを簡単に掴むのによい。ネズミは黒死病とも関係が深いと考えられており、黒死病が百年戦争期のヨーロッパに与えた影響も短期的とはいえそれなりに大きい物だった点を考えると「ネズミ」も視野に入れる必要があるかもしれない。

イギリス関連

文献

  1. 赤澤計眞著 イギリス中世社会崩壊過程の研究 多賀出版社 1993年 ¥7300
     13から15世紀のイギリスの封建制について論じた本。ここでは農奴と領主の関係を指す経済的な意味での封建制を対象としている。3から128頁の第1編では主に13世紀の領主の土地所有に纏わる法について分析がなされている。土地所有の権利をどのように法として成立させたかを調べるのに使えそうだが、専門用語が多く研究史の解説が主なので結構難しい。129から242頁の第2編ではワットタイラーの乱を中心に当時の社会構造や階層などの分析や、反乱目的の検討が行われている。その際、この乱を単なる農民反乱として捉えるのではなく、農民以外の手工業者等の他の階層も含めた反乱である点と、全国的に統一された乱と言うよりは地域的な乱である点が指摘されている。この反乱の構造そのものや背景に纏わる研究史を調べるのに非常に使えそうである。247から330頁の第3編前半で14世紀の封建制の動揺を賦役金納化を中心に検討が行われている。だが、現在の主要な潮流としては賦役金納化を封建制崩壊の主要な要因としては見ないようである。第2、3編は百年戦争当時のイギリスの荘園がどのような状態にあったかを知るのに有用である。331から406頁の第3編後半で中世欧州の日本における研究史の概説が行われている。とにかく問題は専門用語や概念が多く、研究状況の検討が主なので難しい本であるが、それら資料から導かれたデータ等も使われており、理解できるのなら本当に有用な書である。  

  2. 五十嵐喬著 イギリス商業史 お茶の水書房 1964年 ¥1000
     主に13から15世紀のイギリスの商業を羊毛と毛織物に焦点を当てて論じた本で、イギリス商人が主に活躍した北欧商業の解説、商業に纏わる法令や経済政策、貿易状況、商業団体などが解説されている。主力輸出品は最初羊毛だったが、後に毛織物になる。輸入品は贅沢品より日常品が多く、当初はドイツ・ハンザが、一時だけイタリア商人、最後はイギリス商人が貿易を司っていたようだ。百年戦争の影響も大きく、戦費調達の徴税を有利にするための貿易規制や商人団体への独占的特権の付与などや剥奪が行われていたようだ。羊毛を輸出していた頃は輸出先が主にフランドルと固定されており、他地域の商人との衝突も少なかったようだが、毛織物が主力になってからは販路が拡大し、特にドイツ・ハンザとの衝突が増えたようだ。毛織物の登場は産業構造の変化も即し、水力の利用が始まると産業の中心が都市から農村部へと移っていったらしい。 イギリスの産業と商業、経済政策を概観するのによい。 

  3. 石井美樹子著 イギリス王妃達の物語 朝日新聞社 1997年 ¥2500
     202から221頁にエドワード3世の后フィリッパの伝記がある。さすがに武道派のエドワード3世の后だけあり、白馬に跨り軍を率いてスコットランド軍を撃破したり、夫と共にフランスへ遠征したりとフィリッパも武道派と言いたくなるような女性である。それでいて、フランドルの織物技術をイギリスへ導入したりと石炭採掘事業を指揮したりと経済政策にもその手腕を発揮する才女ぶりも発揮している。249から276頁で紹介される百年戦争後半戦の后達、ヘンリー5世の后キャサリン、ヘンリー6世の后マーガレットは不遇である。二人とも夫に先立たれて最後は幽閉され、最後を向かえている。百年戦争に関わったイギリスの王妃達の伝記として、面白い読み物だ。  

  4. 石井美樹子著 イギリス中世の女たち 大修館書店 1997年 ¥1800
     中世のイギリスの女性について解説した本で、主に14から16世紀の事例が紹介されている。百年戦争当時のイギリス女性について知ることが出来る。例えば、結婚についてとか、夫と死別した場合の財産分与についてとか、手工業に携わる女性や、女性ののギルドなどの例が多数ある。チョーサーの「カンタベリ物語」に出てくるバースのおかみさんがよく例に取られている。  

  5. 石井美樹子著 イギリス・ルネサンスの女たち 中央公論社 1997年 ¥740
     3から47頁にヘンリー6世妃マーガレットの伝記がある。ヘンリー5世の時世から話を始めているので、百年戦争の記述も多々あり、クイーン・コレッジの解説の流れで、次のエドワード4世妃エリザベスの解説もある。悪い噂の多いマーガレットの復権を目指しているとの印象を受けた。

  6. 岡田与好著 イギリス初期労働立法の歴史的展開 お茶の水書房 1961年 ¥600
     9から39頁に1349と51年に出された「労働者勅令」の目的を検討した項目がある。この勅令は労働賃金の最高額と、浮浪者の罰則を制定した法令で、結論としては領主層の為に低賃金農業労働者の確保を目的としていた。217から272頁のこの法令下にあった14から15世紀の賃労働者の状態を分析した章がある。この法令を持ってしても賃労働者の賃金を抑えることが出来ず、労働不足も解消できず、賃労働者の売り手市場が続き、賃労働者はより高賃金好待遇の職場を求めて移動を続け、賃労働者にとってはすごしやすい社会だったようだ。裁判記録の検討によると、やはり賃金規制違反者が最も多かったようだ。この時期のイギリスの賃労働者の状態を調べるのに有益かもしれないが、マルクスの理論の上に論を構築している様子なので偏りがあるのかもしれない。  

  7. 小山貞夫著 中世イギリスの地方行政 創文社 1968年 ¥8500
     13から14世紀のイギリスの地方行政に論じた本で、国王の地方官吏、治安判事、コロナー、シェリフ、エスチーターについて検討が行われている。他に、特権領の司法行政組織も簡単に検討されている。この中で、エスチーターを検討した「14世紀のエスチーター」は「イギリス中世史研究会編 イギリス中世社会の研究 山川出版社 1985年」 にも収録されている。これを見る限り、中世イギリスには司法と行政の区別が無いようにすら見える。全ての役職の者は行政と司法の両方を司っている。国王は地方官吏の司る司法から、罰金や手数料、没収財産などによる収入を期待しており、司法は財政とも密接に繋がっているようだ。従って、地方官吏に対する監督も、法の正義より税収管理の方に偏っていたようだ。各地方行政官の任命や権限については地方貴族や庶民と、国王や中央政府との間に確執もあったようだ。各役職の任務を簡単に言うと、治安判事が刑事訴訟の裁判、コロナーはシェリフの監督と国王に提出する各種記録の作成、エスチーターは地方の国王財産の管理や地方領主死亡時の遺産の一時的管理とその情報収集、シェリフは地方行政全般と裁判や民兵の指揮召集等を行う地方における王の代理人と言った感じである。各役職間の職権の境界が不鮮明なせいで、役職間で越権とも取れる行動も多々あったようだ。封建制社会において特権領は国の中の国というような国王に対して独立した地位を占めているようなイメージがあるが、イギリスにおいて職権はシェリフとさほど変わらず、行政組織も他の地域と同じ状態で、国王の行政組織の中に組み込まれていたようだ。他に、シェリフや特権領主の部下たるシェリフ補佐、ハンドレッド・ベイリフ、書記等が解説されている。この中で重要と思われるのはハンドレッド・ベイリフで、彼らはハンドレットと呼ばれる州の下部組織を管轄している。州を県とすると、ハンドレッドは市みたいなものなので、シェリフは県知事、ハンドレッド・ベイリフは市長と言ったところだろう。  

  8. 酒田利夫著 イギリス社会経済史論集 三嶺書房 2000年 ¥3800 
     二部構成で3から60頁の最初の部に中世イギリスの都市論がある。全部で4章あるがどれも論文紹介と言った感じだ。最初の章は二つの論文を紹介しながら、14世紀にはイギリスの都市がけっこう発展している点が指摘されている。14世紀のイギリスの都市人口の比率は意外に多く、農村人口に対すると市民の比率は20%に登り、ロンドンを中心にした都市ネットワークが作り上げられている。ロンドン周辺の小都市の産物の専業化もけっこう進んでいたみたいだ。第二章は1本の論文を紹介しながら14世紀イギリスのミッドランドの小都市についての解説している。自給自足の農村と言った感じではなく、あるていど都市化が進み貨幣経済が農村の下層にまで広がっている。第三章はロンドンを中心にした都市ネットワークとロンドンの人口についての解説がある。第4章は14世紀のイギリスの結婚の形態について解説したもので現代と同じように女性の社会進出が進んでおり、就労女性の割合が高く、晩婚が進み、自由恋愛結婚が一般的な結婚形態だった。結婚平均年齢は20代中程で夫婦の年齢差は小さく、家族形態も核家族であった。女性の就業率は男性に対して3から4割だった。付録は「鵜川馨著 イングランド中世社会の研究」の書評である。この本は27本の論文で構成された論文である。主題は13から15世紀に至るイギリス都市に関する者のようだ。

  9. 桜井清著 イギリス・ステープル制度の史的研究 白桃書房 1974年 ¥3300 
     エドワード三世時世のイギリス王室財政と資金調達を中心にステープル制度の変化を検討している。エドワード三世は百年戦争用の戦費調達策として羊毛貿易に対する間接税を徴収する方法に頼ることが多かった。その税徴収を容易にするために作られた制度がステープル制度である。ステープル制度とは羊毛貿易を行える港を制限した制度で、羊毛貿易港をステープルという。ステープルは大きく分けてイングランド島内に設置される国内ステープルと、大陸側の初期はドルトレヒト、その後ブリュージュ、カレー占領後はカレーに設置された国外ステープルに分けられる。商人会や議会と王の都合によりステープルは国内、国外、廃止と何度となく変更を余儀なくされているが、最終的には国内ステープルは廃止されステープルはカレー一つに落ち着き、16世紀に至るまで存続した。ステープルは多くの場合、一部大商人による羊毛の独占貿易が起こりやすく、税を出来る限り容易に徴収したいと考える王にとっては都合がよい制度だったようだ。王が税を徴収する方法は商人から税を担保にした前借りを受け、商人に税を徴収させる方法が採られたようだ。しかし、税の徴収が上手くいかないことが多く、商人の破産も相次いだようだ。エドワード三世はステープル以外で商人から借款を受けているが、幾度となく踏み倒して多くの大商人を破産させたようだ。そのせいで、借款を行う相手がいなくなり議会に頼らざるおえなくなっていき、議会の力を増す結果となったようだ。幾度もの大規模な戦勝も財政の面から言えば負担の増大にしかならず、戦勝により更に大規模な財政投入が必要になると行った形になっていったようだ。

  10. 城戸毅著 中世イギリス財政史研究 東京大学出版会 1994年 ¥7500
     ヘンリー四世の時世を中心にリチャード二世からヘンリー六世のイギリス王室の財政状況とシステム、資金の調達について論じている。ランカスター朝時代のイギリス王室の財政は羊毛貿易の不振、王領地の縮小、度重なる戦乱で極めて厳しい状態にあり、王は資金調達を議会に頼らざる終えなかった。不思議なことに当時勃興してきた毛織物貿易には関税を余りかけていなかった。議会は財政の健全化を求めて、諸侯に下賜した王領地の回収を求めたが、バラ戦争終結までこの方策は成功しなかった。借入が盛んに行われた。当初は大商人に資金を仰いでいたが、再三に渡る不渡りに商人が王室に貸付を行うのを敬遠するようになり、やむなく全国から小口の出資者を大量に求めるようになった。只、現存する帳簿には利率などの記述がなく、小口の借入証書も余り現存しておらず、実態を掴むのは困難なようだが、出資者を集めて借入金を管理するための諸経費が莫大な量に登ったのは想像できる。イギリスで唯一の常備軍カレー守備隊に対する負担も大変な物だったようだ。当初はカレーであがる収益で元が取れたが、カレーを牛耳る商人組合の売り上げが悪化し、足が出るようになり、最終的にはカレーの商人組合に守備隊の維持を丸受けさせる結果になった。結局のところ、イギリスの財政が一時的にせよ改善されるのは、議会が王の要求する税を受け入れたときに限られたようだ。例えば、ヘンリー五世が対仏戦を宣言して国全体が熱狂状態に包まれた時とか。イギリスは平時でさえ、赤字に転落してしまう状況で戦争に突入したようだ。ランカスター朝の時期官僚了の世俗化も進んだらしい。中世の官僚には聖職者が多い。なぜなら、読み書きの組織的な教育機関が教会にしかないからだ。ランカスター朝の時代に世俗での教育の風潮が広がり、これまで書き言葉と言えばラテン語が主流であったが、この頃からフランス語や英語が使われだしたのが原因のようだ。  

  11. 甚野尚志著 中世の異端者たち 山川出版社 1996年 ¥750
      70から76頁にウィクリフとロラード派の解説がある。ウィクリフの教会批判概史とロラード運動の概史で構成されている。ウィクリフの教会批判の背景としてイングランド王権の教皇庁への反発をあげ、ロラード運動を社会運動と位置づけている。  

  12. 高橋理著 ハンザ同盟 教育社 1980年 ¥1000
     133から140頁にハンザのイギリスでの貿易量の解説があり、これを見る限りハンザ貿易の重要性が分かる。ハンザ商人が意外にイギリス王室へ資金の貸し出しをしていないことも記されている。219から230頁に15世紀に発生していたハンザとイギリスの闘争が解説されている。14世紀にハンザから大幅な譲歩を引き出したイギリスだが、15世紀には巻き返しに合い、1474年に結ばれたユトレヒト条約で実質的にハンザが勝利したらしい。この本を見る限り、ちょうど百年戦争期にイギリスの貿易の主要を占めていたのがハンザ商人であった様に見受けられる。  

  13. 高村象平著 ドイツ・ハンザの研究 日本評論新社 1959年 ¥470
    高村象平著 ハンザの経済史的研究 筑摩書房 1980年 ¥2600

     41から67頁のドイツ・ハンザとイギリスとの関係に纏わる記述に、エドワード3世の時世のイギリス経済の変化と、それに伴うハンザとの関係の変化が記述されている。エドワード3世の時代、イギリス商人の働きかけで、イギリスにおいてはハンザ商人の特権が縮小されたり、ハンザ商人の規定が厳しくなったり、している。更に同時代、イギリスからの輸出品の主要なものは羊毛だったが、これが毛織物に変化している。イギリス商人は政府を動かし、毛織物の独占的販売権を手中に収めている。しかし、ハンザもイギリス交易から閉め出されたわけではなく、百年戦争に突入していたイギリスではバルト海からもたらされる穀物や造船資材の需要が急増しており、この供給地をおさえていたハンザ商人はこの分野で大きな利益を享受していたらしい。しかし、だいたいエドワード3世の時世、百年戦争に突入した辺りから、イギリスとハンザの関係が対立的になっていった。  

  14. 武居良明著 イギリス封建制の解体過程 未来社 1964年 ¥800
     13から14世紀のイギリス封建制の崩壊を隷農による賦役労働から賃労働者による賃労働への転換に見て、賦役労働がいかに崩壊していったかを各種の史料を検討する形で論じた本。隷農が逃亡し、逃亡した隷農を他の領主や自由農民が賃労働者として雇う、或いは隷農が領主に賦役から金納へ転換するよう圧力をかけて、賦役を中心とした封建制経済から賃労働を中心とした資本制経済への移行が進んだと言うところ。マルクスの提唱した封建制の概念を元にイギリスの封建制の崩壊を史料に即して具体的事例を例に取りながらの解説なので、理解しやすい。  

  15. 富沢霊岸著 イギリス中世史概説 ミネルヴァ書房 1970年 ¥−
     中世史概説なのだが、1世紀のローマ支配下のイギリスから解説は始まり、15世紀のバラ戦争までを扱っている。基本的に政治的、軍事的な事件を時間の流れを追って解説している。アングロ・サクソン期や、ノルマン期など代表的な時期ごとに区切ってそのころの国政や社会なども論じている。百年戦争については183から232頁で解説が行われている。他の章と同様にイギリスから見た政治軍事史の概説が中心だが、中世の危機と呼ばれる時代だけあり社会経済にもそれなりに頁が割かれており、議会に関する記述も多い。エドワード三世の時世が中心になっている様に見受けられる。イギリス中世史を概観するのに便利であり、意外に豊富な情報が盛り込まれている。聞くところによると多くの大学でテキストとして使われている様である。それだけ、使いやすい本なのである。  

  16. 波多野裕造著 物語アイルランドの歴史 中央公論社 1994年 ¥840
     80から85頁に百年戦争当時のアイルランドの記述がある。アイルランドは12世紀のヘンリー2世の遠征によりイギリス領に組み込まれたが、百年戦争前半戦当時はフランスとスコットランドに掛かりきりでアイルランドは捨て置かれた感じだ。この頃、アイルランドではゲール文化の復活が見られ、反乱が相次いでいたようだ。1360年に軍が派遣されたが反乱を抑えることは出来なかったようだ。リチャード二世の時代にフランスと講和が結ばれたのを機に王自ら軍を率いてアイルランドに遠征したが、遠征中にランカスター家のクーデターが起こりアイルランド制圧は失敗した。ランカスター朝の時代にはアイルランドに関わる余裕は無かったようだ。  

  17. 東出功著 中世イギリスにおける国家と教会 北海道大学図書刊行会 2002年 ¥7000
     13から15世紀のキングス・クラーク、王直属の行政官について論じた論文を集めた論文集で、当時の役人の実態を知るのに非常によい。役人の殆どは教会関係者で、原因は給与を聖職録に求めたためである。諸侯領と違い聖職領は相続ではなく任命制なので国王の任意で任意の人物へ与えることができた。現代のように給与という形で報酬を払うには貨幣経済が進展していないので、封建的な聖職領の授与という形でしか給与を用意できなかったようだ。だから、キングス・クラークには聖職者が多くなってしまうのだった。逆に高位聖職者になるためにはキングス・クラークになるのが有利な状態が現れてきている。国王としても聖職録はキングス・クラークの給与として確保したいとの意図があったのだろう。高位役人の経歴の実例や前歴や役職に関わる数値データも多く、これらの個別例やデータを利用するだけでも有用である。 「東出功著 封建制から官僚制へ−イギリス 歴史教育13−6 1965年」も収録されている。 

  18. 森護著 英国王室史話 大修館書店 1986年 ¥3800
     137から226頁に百年戦争に関わったエドワード3世からヘンリー6世迄のイギリス国王達の伝記がある。国王達が誰に何をしたというのが基本的に記述スタイルに見える。エドワード3世の伝記にはブラック・プリンスの伝記も含まれている。シェイクスピア劇の台詞が解説に使われたり、愛人の話や、紋章についてのこぼれ話などもちりばめられている。著者の専門が紋章学なせいか、紋章についての話が多い。  

  19. 森護著 英国王妃物語 河出書房新社 1994年 ¥680
     エドワード二世妃イザベルの60から63頁にエドワード三世の即位当時の事件があり、66から83頁にヘンリー5世妃キャスリンの、86から101頁にヘンリー6世妃のマーガレットの伝記がある。主要なエピソードを中心にした簡単な読み物。  

  20. 渡邊文夫著 地方都市レスターの経済発展 剄草書房 1998年 ¥3200
     イングランド中部のレスター州の中央あたりにある都市レスターについて論じた本で、63から105頁に百年戦争当時の記述もある。やはり課税には苦しんだらしい。黒死病で人口が30%近くも減少したとはなかなか。しかし、課税以外で戦争からこれと言った影響は被らなかったように見える。物価変動は激しいが戦争は原因でないようだ。中世の戦争は直接戦場にならない限り、影響は小さいのかもしれない。百年戦争当時のイギリスの都市の状況を見るのにいい。  

  21. ア−サ−・レズリ・モートン著 鈴木亮/荒川邦彦/浜林正夫訳 イングランド人民の歴史 未来社 1972年 ¥3500
     イギリスのマルクス主義者が記した歴史書で、78から130頁に13から15世紀のイギリスの歴史がある。マルクス主義者らしく、経済に重きを置いている。封建制の崩壊を金納地代の進展に見ている。黒死病による人口が減少して封建諸侯は労働力として賃金労働者に頼らざるおえなくなった。それで、賃金労働者が増大し、農奴の賦役による生産体制たる封建制から、賃金労働者による生産体制たる資本主義へ移行していったというところである。戦争についても、形式は中世的な戦争だが、実態は貿易戦争で、戦争の形態も封建諸侯の戦争から国民的な戦争へ移行したと捉えている。  

  22. アンドレ・J・ブールド著 高山一彦/別枝達夫訳 英国史 白水社 1979年 ¥980
     40から52頁にイギリス側の政治状況を中心にした概説がある。時間の流れに沿って記述されており、まとまりがよく、分かり易い。戦争の帰結を国民主義的な潮流に従って起こった現象として捉えている。別の言い方をするとフランス人がフランス人としての国民意識を作り上げ、イギリスが占領地を維持することが困難になり、最終的に敗退した、という論法である。  

  23. アンリ・ルゴエレル著 福本秀子訳 プランタジネット家の人びと 白水社 2000年 ¥951
     126から142頁にエドワード3世からヘンリー6世に至る百年戦争期の記述がある。前半は英国内での内部闘争を中心に記述が行われ、後半はフランスとの戦争の推移が概説されている。全般的に英国王に対する非好意的な、時には感情的とも思える記述が目に付く。戦争の原因をイギリス王がフランス王位を望んだ結果と簡単に片づけている。  

  24. ウィリアム・シェイクスピア著 小田島雄志訳 ヘンリー五世 白水社 1983年 ¥710
     一六世紀末にシェイクスピアが作ったとされる劇の台本だが、後世に色々と改竄が行われて何処までオリジナルかは分からなくなっているようだ。ヘンリー五世に対する美辞麗句に満ちているが、フランスへの開戦を画策したのがイギリスの司教達だとか、ヘンリー五世の昔の遊び仲間達の小悪党ぶりや、イギリス軍下士官達のおばかぶり等たんなる英雄伝とはひと味違い、喜劇的な皮肉が籠もっているような部分が多々あって面白い。ヘンリー五世も皆の前では堂々と強く振る舞って帝王ぶりを示してはいるが、一人になると負担に耐えかねて弱音を吐く部分などが人間味があって味わいがある。この作品は何度か映画かもされているので、台本を読むより映画を見た方がよいのかもしれない。  

  25. ノーマン・カンター著 久保儀明/楢崎人訳 黒死病 青土社 2002年 ¥2400
     黒死病に見舞われた14世紀イギリスの上層社会についての解説や、黒死病とはいかなる病気であったかなどの解説がある。黒死病はペストだけでなく炭疽病も含まれているという説をあげている。炭疽病は炭疽病に犯された家畜の肉を食うことで感染するそうだ。両方の病気が相まってあれだけの被害が出たと言うことだ。イギリスに関してはエドワード三世の娘でカスティリアへ輿入れにいく途中のボルドーで病死したジョーン、カンタベリー大主教でエドワード三世の信任厚い聖職者だったが黒死病で病死したブラッドワーディーン、黒死病で主要な男子が全滅してしまったレ・ストランジュ家の三つの話題がある。ユダヤ人陰謀説とその結果の解説もある。黒死病の広がりに合わせて黒死病到来直前に大規模なユダヤ人虐殺が起こると行った感じだったようだ。それにユダヤ人は周囲の西欧人達と違い、入浴の慣習があり、居住区を限定されていた為に比較的周辺地域の人々と接触する機会が少なく、感染者が少なかったのも黒死病の原因がユダヤ人にありとされた原因だったようだ。14世紀に於ける黒死病の社会的影響を中心にした黒死病史と行った感じだ。  

  26. S.B.クライムズ著 小山貞夫訳 中世イングランド行政史概説 創文社 1985年 ¥6500
     中世イギリスの行政、国家運営システムを論じた本。251から337頁に百年戦争当時のイギリスの行政機構の説明がある。主にエドワード三世とリチャード二世の時世の説明が主である。ランカスター朝の行政についてはまだ研究が進んでおらず、仮説を幾らか提示できるに留まるそうだ。しかし、行政組織という意味では、プランダジネット朝の頃と余り変わらないと言うことだ。エドワード三世の時世では、まず支出に対しては全て国王の許可、国璽を必要とするとしたウォルトン命令を発して、戦争の為の財政の管理強化を行ったが、あまり効果がなかった。更に、貴族達の支持を取り付ける意味で、大貴族達の会議、評議会との友好政策が計られた。エドワード三世は殆ど本国にいなかった為、戦費調達には本国の財務府ではなく王と行動を共にする寝所部や納戸部が主に担当したが、本国の財務府との調整等、行政上の不都合が多々発生したらしい。例えば各部署毎に様々な借款を行ったらしいが、納戸部の借款支払いを財務府が拒否する事もあったらしい。そして、これら行政府だけでは、莫大な戦費を賄いきれなくなり、議会による戦費調達に依存するようになり、議会の有力者や庶民の発言権を増大せしめる結果になった。王が国内に余りいないというのも、イギリスの行政組織の発達に随分寄与したようだ。イギリスの戦費調達や国家運営、国家の意志決定ではなく、意志を各部に伝達実行する機構を調べるのによい。だが、時間の流れよりも各機構毎に説明がなされているので時々どの時代の話をしているのか混乱することがある。

  27. グルトマン著 今野國雄訳 中世異端史 創文社 1974年 ¥1200
     107から109頁にヘンリー四世に弾圧され五世の時世に反乱未遂事件を起こした異端派ロラード派の簡単な解説がある。ロラード派が簡単に駆逐された原因を政治的目的意識の欠如と捉えているようだ。  

  28. コスミンスキー著 秦玄龍訳 イギリス封建地代の展開 未来社 1960年 ¥230
     イギリスの封建地代の流れを分析した本で、129から178頁に14世紀に起こった農民反乱を13から14世紀の封建地代の金納化の流れを追う形で分析している。市場経済の発展で、農民層が労働者を使う富農と労働者へ転じていく貧農という階層に分化し、領主層も労働賦役から金納賦役へ切り替えていった。この過程で賦役を軽減して自己の利益を確保したい農民と、従来通り賦役を任意に設定して利益を拡大したい領主の間で様々な形で闘争が行われ、その最も表立った戦いが1381年の農民一揆というところ。 著者はスターリン賞を受賞したほどのソ連を代表する中世イギリスの歴史家だけあり、ここでも農民と領主との階級闘争という論理が土台となっているようだ。  

  29. ジョン・ケアリー著 仙名紀訳 歴史の目撃者 毎日新聞社 1997年 ¥3700
     49から52頁にエドワード三世時世のイギリスでの黒死病を報告した史料が掲載されている。黒死病を機に発生したスコットランドのイギリス侵攻とその失敗、エドワード三世が布告した賃金統制令の概要が記載されている。53から74頁にはフロワサールの年代記からワットタイラーの乱を記述した部分の抜粋がある。一揆軍が単なる略奪者の群として描かれている。  

  30. トレヴェリアン著 藤原浩/松浦高嶺訳 イギリス社会史1 みすず書房 1971年 ¥3300
     7から49頁のチョーサー時代の項目がおおよそ百年戦争の時期に当たる。どうも、農民層の富裕化や産業の発展により封建諸侯が没落していく過程を描いているように見受けられる。マルクス経済学の観点に立ち、封建制から資本主義への変化点としてこの時代を捉えているようだ。当時の情景を伝えるために、当時の文学作品を引用しながら描写している。  

  31. ナイジェル・トランター著 杉本優訳 スコットランド物語 大修館書店 1997年 ¥2600
     122と172頁に百年戦争当時のスコットランド情勢が記されている。フランスと同盟を結んでいたので、イギリスと戦っていたのだが、この本の記述を信じるなら、たいていは守勢でイギリスが攻め込んでこない限り、スコットランドが戦うことはなかったようだ。百年戦争当時はイギリスがフランスにかかりきりだったので、戦いは少なかった。それでも、エドワード三世時世には幾度かイギリスへ攻め込んでいる。しかし、ランカスター朝の時世には、内戦がたて続き、イギリスどころではなかったようだ。  

  32. ヒルトン著 吉田静一/武居良明訳 封建制の危機 未来社 1956年 ¥160
     53から106頁に12から14世紀に至る農民の領主に対する闘争を解説した本。当初は法廷闘争やサボタージュ、逃走という形で抵抗していたが、13世紀に入ると集団で領主を襲うようになり、1381年には大規模な全国一揆が発生するに至っている。農民と領主との闘争の流れを概観できる。  

  33. フランク・レンウィック著 小松章夫訳 とびきり哀しいスコットランド史 筑摩書房 1994年 ¥1980
     131から155頁に百年戦争当時のスコットランド情勢が記されている。王毎に一つの章が用意され、王の解説をする形でイギリスやフランスとの関係も記されている。あらゆる物事が単純化され、極めて判り易い。ろくな王がおらず、諸侯の内紛が多く、幾らフランスの援助があってもイギリスを脅かす程の力を発揮することはなかったように見える。  

  34. 青山吉信編 イギリス史1 山川出版社 1991年 ¥−
     365から427頁に百年戦争当時のイギリスの国内情況を解説した部分がある。各諸侯の動きや、国政、経済状態に、議会の動き等が解説されている。この戦争の経済的負担はイギリス側にも大きくのしかかっていたようだ。スロイスの海戦で勝利した時も金が続かず戦果を拡大できなかったようだ。百年戦争前半のエドワード三世の時世に議会に都市や地方の騎士階層の代表の参加が見られるようになり、戦費調達の関係上、彼らの影響力も強化されていった。リチャードの時世にはイギリスが守勢に回っていた情況がよくわかる。389から395頁に複数の地図による解説があり、百年戦争の政治的な外交情況が解説されている。ヘンリー六世の時世の解説を読むと、イギリスの戦況がどうして不利に傾いていったのかが、よくわかる。政治は諸侯の対立で混乱し、収入は減少し、借金ばかり膨れ上がり財政は逼迫していた。この様な状態で勝てるとは考え難い。百年戦争時、イギリス側の華やかな勝利に惑わされ、イギリスは終始優位に事を進めていたように見えるが、実はイギリスもかなり厳しい状態で戦っていた事がわかる。  

  35. イギリス中世史研究会編 イギリス中世社会の研究 山川出版社 1985年 ¥4940
     イギリス中世の研究者が集まって作った論文集で、百年戦争期に関わる論文が7本ある。藤田重行著「イースト=アングリアにおける市場町の発展」は14世紀のサクステッドの土地保有の状態や都市の発展から封建制の崩壊を論じており、近藤晃著「マナー体制解体期における農村市場の展開」は1381年のレスターシャーの人頭税徴税記録集からこの地域の社会階層を分析し、そこから賦役による農業から賃労働者の農業へ転換されている様を描き出している。武居良明著「建設都市と市場」は12から14世紀に建設された或いは都市として認められた都市を分析した論文で、14世紀以降は極めて都市の建設が少なく、従来の都市の衰退も多かったようだ。渡辺文夫著「十三・四世紀 Bristol における都市経済」はブリストルの地代帳から土地保有の状態を分析した論文。小山貞夫著「十四世紀のエスチーター」は一度受封した土地で相続関係などにより国王に返却される土地を管理する役人の解説をしている。城戸毅著「十五世紀の土地所有課税」は十五世紀に行われた議会が承認した課税の徴収状態や影響を分析している。篠塚信義著「中世末期北部イングランドにおける大諸侯権力について」はスコットランド国境地帯の大諸侯の状態を分析した論文で、この辺りの諸侯は十四世紀頃に力を伸ばし、十五世紀以降も国王権力が浸透しないほどに諸侯の力が強かったようだ。

  36. 北川稔編 世界各国史11イギリス史 山川出版社 1998年 ¥3500
     97から123頁に百年戦争当時のイギリスの概史がある。諸侯の動きと王と議会の関係に焦点を当てて解説を行っている。議会が必ずしも戦争に賛成していたわけではなく、かなり抵抗していたのがよく分かる。  

  37. 高橋幸八郎/安藤良雄/ 近藤晃編 市民社会の経済構造 有斐閣 1972年 ¥−
     22から87、123から150頁に14から15世紀のイギリス経済に関わる論文が四本、88から120頁に中世経済全般に関わる論文が収録されている。「イギリス中世都市研究史」は1700から1970年位迄のイギリス中世都市研究を具体的な著作を上げながら論じている。大まかに分けて前史と3つの期、合わせて四つの期に分けることが出来る。簡単に言うと第一と二期は史料編纂が中心で第三期に入り本格的な史料解釈が始まったと見ることが出来そうだ。「イギリス中世における<one man one trade>の原則について」は14世紀のギルドの一人一業種の専業原則を検討したもので、兼業禁止令が幾度となく公布されているにも関わらず実際は余り守られていない事情を論じている。その事情として一つの組合の持つ一つの業種内の各作業が専門化し、一つの業種と化し、その業種が独立して一つの組合となったり、似たような作業を持つ他の組合とその作業を基点としてくっついたりしたせいのようだ。そして、組合の持つ政治力に応じて組合の序列編成が形作られた。組合を持たない農村の手工業者は組合に巻き込まれて都市へ移るかはじき出されて、農村は農業への専門化を余儀なくされたようだ。「中世イギリス国家財政における借入金」は15世紀のヘンリー四世時世の借入について検討している。この時期、大口の貸し主はいなかった。小口が大半を占めていた。貸し主は諸侯から都市市民まで、金を持っていそうな全階層に及び、地域も全地域に渡っている。まさに全土からあらゆる階層から金を集めようとしたようだが、前代の国王に比べ、少額の金しか集められなかったようだ。「小ブルジョア経済の生成」は14世紀のイングランド西部グロスターシャーの人頭税記録から当時の生産者の構成を再現しようとした論文で、それなりに詳細な数値による検討が行われている。農奴制の崩壊と手工業者を中心とする小ブルジョアの台頭を読みとることが出来る。イギリス以外の二つの論文はマックス・ウェーバーの中世都市の見方を概説した「ウェーバー都市論の方法的視座」と13と14世紀に北イタリアで使われだした複式簿記の登場について検討した「複記式記と振替制度」がある。全体的に具体的なデータを出しながらの分析が多く、数値データも豊富である。

  38. 広島史学研究会編 史学研究五十周年記念論叢世界編 福武書店 1980年
     313から338頁に「ヘンリー五世の統治」というヘンリー五世の主に財政に関して論じた論文がある。ヘンリー五世の政府首脳は前代のヘンリー四世の頃からの継続ではなく、ヘンリー五世の信任厚い人物へ総入れ替えがなされている。対仏戦争の必要とその成功から議会の課税承認率も高い。アザンクールの戦い辺りまでは勝利続きで敵の身代金などで財政的には苦しくなかったようだが、それ以降は財政が苦しくなり借款が増大していった。借金の多くは腹心や都市などからかり集められたようだ。ヘンリー五世の治世はフランス北部の征服を成し遂げ、フランス王位継承権を手にするなど軍事、外交面では大きな成功を収めているが、財政的にはかなり苦しく、腹心たる大貴族達に大規模な借款を受けた為に貴族達の力が強まっていったようだ。しかし、ヘンリー五世の王権も個人の力量におう形で強化された時期でもあった。王権と貴族権力の妥協の上に統治が進んだ時期だったようだ。  

  39. − 中世史講座7巻 学生社 1985年 ¥−
     88から108頁にイギリスの農民一揆の分析がある。その中で、88から100頁までが14から15世紀の農民一揆である。14世紀のワット・タイラーの乱は封建諸侯による封建制の建て直し、国王による中央集権の強化に伴う自由農民層への締め付けが、一揆の原因で、国王や諸侯の締め付けが厳しくなった原因は百年戦争による財政難のようだ。一揆は富裕農民や手工業者層を中心に行われ、失敗したもののこれが原因で賦役の金納化が進み封建制のが概が促進されたようだ。15世紀のジャック・ケイドの乱は旧来の地主たる大諸侯に対する新興地主層の反発から発生したらしい。この場合も、新興地主層に富裕農民や手工業者などが合流したようである。どちらの乱も古い制度を維持しようとする体制側に対する新興勢力の反発と言うところらしい。  

  40. マルカム・フォーカス/ジョン・ギリガム編 中村英勝/森岡敬一郎/石井摩耶子訳 イギリス歴史地図 東京書籍 1983年 ¥9800
     だいたい68から81頁に百年戦争関連の地図や図表が収められている。百年戦争の戦役を再現した地図はもちろん、ガスコーニュのブドウ生産量や年を追って議会課税額を表にしたものなどの経済的図表や、ウェールズ地方やガスコーニュ地方の勢力図などの地方の情勢を解説した地図、ロラード派の活動地域などの社会的動揺などの地図による解説が大変分かり易く示されている。他に164から177頁に黒死病や都市の状態、産業の変遷などを図表で解説した項目がある。問題はデータの出典が不明瞭なのでどの様に見ればよいデータなのかよくわからない。とりあえず、概要と言うことで見ておくといいのだろう。  

  41. Richard Barber著 The Life and Campaigns of The Black Prince BOYDELL 1979年
     黒太子関係の史料を集めた史料集で、黒太子の手紙と黒太子について言及したエドワード三世やイギリスの貴族達の手紙が1346年と1355から1356年の二つの時期に分けて収録されている。他にゲオフリーの年代記のクレシー、ポワティエ戦役について述べられている部分の抜粋と同時代人チャンドスの書いた黒太子伝の全文が収録されている。 黒太子自身の手紙はトーマス・ルーシイ宛、ウィンチェスター司教宛、ロンドン市民宛、妻宛の4通が収録されている。チャンドスの黒太子伝は黒太子が関わった戦争を中心に描いており、黒太子の日常についてはそれほど伝わってこない。

  42. Jim Bradbury著 The Medieval Archer BOYDELL 1985年
     中世イギリスの弓兵についてノルマンコンクエストから百年戦争に至る範囲で解説した本で、図や勅令、年代記などの史料を駆使して弓や弓兵隊がどう使われたか解説している。弓兵が利用された主要な戦いについても戦況図付きで一つ一つ解説がなされ、その中で弓兵がどのように使われたかが解説されている。ただ、弓兵の活動に主眼が置かれているので戦いの解説自体は簡易過ぎるように見える。弓や矢自体についての解説も写真や図、同時代の絵などを使って解説している。面白いところでは、ロビンフッド伝説についても一章設けて解説が行われている。イギリス王家はノルマンコンクエストの頃から弓兵を集団運用しており、百年戦争で勇名を馳せたウェールズ長弓はエドワード一世により導入されたようだ。 弓だけでなく、クロスボウについてもそれなりに解説がなされている。図が多く、文字も大きく文も読み易い。

  43. Alfred H.Burne著 The Battlefields of England METHUEN 1950年
     500年頃から17世紀の清教徒革命にイギリスで行われた主要な会戦を解説とした本で、収録されている会戦は20、その内清教徒革命関連が7で最も多く、ついでバラ戦争関連が6つ。それ以外では、アーサー王伝説の元となった戦いと言われる500年頃のベイトン山の戦い、デーン人のイギリス侵攻の際に行われた871年のアシュダウンの戦い、1066年のノルマンコンクエストのヘースティングスの戦い、ヘンリー三世治世の内戦のイヴシャムの戦い、1513年のフローデンの戦いが収録されている。百年戦争期の戦いではヘンリー4世に対してノーザンバーランド伯が起こした反乱時の決戦たるシュルズベリの戦いがある。だいたい戦いに至る簡単な政治状況があり、続いて会戦に至る両軍の機動が解説されて、実際の会戦の兵力や地形、天候などの状況、会戦の実際の流れが示される。実際の現場の景観図や戦況図などもそれなりに用意されており、解説も簡易で読み易い。巻末に各戦いの原史料が章毎にまとめられていて史料検索も容易に行える。

論文

  1. 赤松歩著 15世紀イギリス史研究の展開 西洋史学報23 1996年
     イギリスの中世研究者チャールズ・ロスの研究史を解説した論文。基本的にはバラ戦争期の国王、「エドワード四世」や「リチャード三世」に関心を抱いていた研究者のようだ。百年戦争期のロス氏の研究ではヘンリー四,五世期の北部貴族についての研究がロス氏の博士論文としてあるようだ。北部ではランカスター朝に対する反乱がよく起こっていたが、意外に多くの貴族やジェントリーはランカスター朝に強い忠誠心を示していたようだ。ロス氏が書評を書いた著作の中に幾つかランカスター朝の国王を知るうえで重要な著作がある。その指標としてこの論文は使えそうだ。残念なのが、関連著作リストみたいのが無い点だ。  

  2. 赤沢計真著 イギリス中世荘園地代帳の史的分析−−十三・十四世紀の荘園経営−− 新潟大学新潟史学10 1977年
     ウィンチェスター司教領のセント・スウィザン修道院領ハンプシャー・クロンダル荘園の主に十三世紀の農民の負担について分析した論文。特定地域の地代帳の数値と地名についての分析だけあり、数字と地名の羅列が続きわかり難い。これらを何らかの形で図式化すればかなり分かり易くなるのではと思う。原文資料の邦訳が添付されており、領主と農民の地代契約の一端が見える。これも何とか祭の時には何を払い、何をしたら何を払いと文が続き、わかり難い。基礎研究に属する論文なので、ある所領の地代データの一つとして捉えた方がよいようだ。  

  3. 角山栄著 エドワード3世の時代 西洋史学13 1952年
     エドワード3世の政治を財政政策の面から概説した論文で、エドワード三世が戦費調達についていかに借金と羊毛貿易の関税に頼っていたかがよくわかる。勝っている間は関税、直接税、借金の踏み倒し、一部商人への極端な優遇措置など、エドワード三世の戦費調達の為の無茶な要求も通っていたのだが、負けがこむと国民の支持、特に下院を構成する貴族以外の富裕層の支持を失い、1376年の善良議会でエドワード三世体制は崩れ去るのだった。エドワード三世の時世を通じて封建的秩序がぐずれ去り、新たな秩序が生まれ出てはじめたと、いう考えにたった通史という感じだ。  

  4. 北野かほる著 1414年騒擾法の政策的意図−−中世末期イングランド秩序維持政策補論−− 東北大学 西洋史研究新号23 1994年
     「北野かほる 中世末期イングランドの秩序維持政策−−騒擾法Statute of Riot の成立過程−− 法政史研究43 1993年」の続編に当たる論文で、1414年にヘンリー五世が制定した民衆騒乱に関する法律の成立背景を論じている。 ヘンリー五世は皇太子時代からこの法の構想を持っていたらしく、ヘンリー四世時世の1406年に国王への請願という形で原案を提出していた。しかし、ヘンリー四世時世には大貴族反乱に忙殺されており、秩序維持にまで頭が回らない状態にあり、この案は黙殺された。ヘンリー五世の時世になり、偽リチャード二世事件、ロラード派の謀反事件等、大規模な民衆扇動、騒乱事件が建て続き、これを憂慮する形で騒擾法が提示されたらしい。この法は秩序維持の法としてだけでなく、教会の権力濫用を禁止する法もある。これはロラード派の批判をかわす目的があったようだ。この法案の内容の概要と成立に至る背景、概史の解説と言った感じだ。ヘンリー五世の社会秩序に対する積極的な姿勢が読みとれる論文だ。  

  5. 北野かほる著 シュロプシャの悪党−−訴訟記録にみるバスタード・フューダリズム−− 東北大学法学63−6 2000年
     1414年にレスター州シュロプシャで起きた争乱の裁判を通して当時のイギリスの治安状況を検討している。この争乱は単なる無法者の騒ぎとは訳が違う。争乱を起こした者達の中には国王の役人たる治安判事や、伯などの上級貴族も含まれており、有力者同士の紛争という性格もあったようだ。事件は一つとしてでなく数十件に及ぶ事件の複合体で、大まかに分けて、徴税妨害、所領襲撃、その他で構成されており、国王としては徴税妨害を最も重大な犯罪として捉え、紛争当事者達にとっては所領襲撃の方が重大な問題だった。結局は被告達が恩赦を買い取る形で決着したようだが、有罪が確定しても被る罰は罰金刑に過ぎないので事実上の有罪確定と変わらなかった。これ以後、この手の争乱の裁判が増大するようだが、これは争乱が増大したのではなく争乱が裁判にかけられる率が高まった結果のようだ。そして、このシュロプシャの裁判は裁判制度を定着させる為のキャンペーンの一環だったようだ。   

  6. 北野かほる著 悪党の所行−−十五世紀シュロプシャのバスタード・フューダリズム−− 駒沢大学法学論集60 2000年
     1414年にレスター州シュロプシャで起きた争乱の裁判を通して当時地方を暴れ回っていた有力者の取り巻き連中について検討している。この事件はイギリスの大諸候の一人アランデル伯が地方の名士ファーニバル卿の土地を狙って起こした騒動にアランデル伯の庇護を受けている者達が便乗して起こしたもののようだ。結局、反対勢力に属する徴税官の活動を妨害したせいで王の出る幕となり、裁判となったようだ。裁判記録の引用とその解説で構成されていて、事件の分類と流れが見やすくなっている。 役人を巻き込んでのやくざ同士の喧嘩と言った感じである。  

  7. 梁川洋子著 中世末期イングランドにおけるバスタード・フューダリズムの流行 西洋史学177 1995年
     バスタード・フューダリズムの通説的な定義に疑問を出した論文で、その一つの例として15世紀の一人の大貴族のアフィニティを検討している。バスタード・フューダリズムとは、土地の受封に基ずく封建関係ではなく、アフィニティと呼ばれる直属のお抱え家臣団を抱える方法で大貴族が部下を抱える方法である。アフィニティの人々はおそろいの制服を着て給与を貰う。これは大貴族は戦時の兵隊を確保する為に、大貴族の下に入る者達は大貴族の保護を期待すると言うことらしい。だがどうも、手の者達はそれほど大貴族の支援を必要としていなかったらしい。貴族の下層、騎士やジェントリーが力を増してきたので、大貴族の方から彼らを取り込むことで自らの地位を維持しようとの意図があったようだ。戦争で兵隊が必要だからと言うわけではなかったようだ。バスタード・フューダリズムの学説史とか、意味が掴み易い。

  8. 梁川洋子著 ヘンリ6世治世におけるハウスホールドの拡大と国王のアフィニティ 富澤霊岸先生古稀記念関大学西洋史論集 1996年
     ヘンリー6世のハウスホールド、家付きの従者みたいな人々について検討した論文で、ヘンリー6世は国制を掌握する為に身近に使えるハウスホールド召使達を中央の行政はもとより、地方行政等にも使ったようだ。本来、家付きの召使いに過ぎない人々を国政全般に登用するわけだから、当然人員は増大し、予算も拡大する。ヘンリー6世は巨大な債務を抱えていたこの状況下でハウスホールドを増大させることは更なる債務の増大に繋がる。債務を引き受けた諸候や議会としては看過できないと言うわけだろう。ヘンリー6世の方策は国制の執行を、まるで一つの家を取り仕切る方法で仕切ろうとした結果と言うように見える。この論文ではヘンリー6世の財政状況も解説されていて財政状況がいかに逼迫した状況だったかがよくわかる。しかし、このハウスホールドの拡大と財政破綻の責任はヘンリー6世個人にあるのではない。ヘンリー5世のしでかした戦争の負の遺産を引き継いだ結果と言うところらしい。

  9. 東出功著 封建制から官僚制へ−イギリス 歴史教育13−6 1965年
     イギリス中世末期の官僚制をキングス・クラークという官職に着目して解説している。キングス・クラークは国王から給料を貰う有給官僚で、彼らの登場が近代的な官僚の登場として捉えられることがあったが、彼らはこの官職に就くことで聖職封を受けられることを期待してのことで、近代的な有給官僚と言うよりは国王の故知を目的にした取り巻きとった感じに見える。更に、彼らの職務や職責は明確に定められたものではなく、かなり曖昧なもので、専門分化の進んだ近代的な官僚とはかなり異なる者だったらしい。

  10. 三好洋子著 ワット・タイラーの一揆をめぐるいくつかの解釈 法政大学法政史学45 1993年
     ワット・タイラーの乱の研究史のまとめのような論文。ワット・タイラーの乱は当初下層民による騒動で目的は農奴制の破棄にあったと見られていた。黒死病により農業労働者が不足して農奴制が弛緩し、領主は農業労働者を必要として農奴を引き留める為に、農奴を優遇したり、逆に農奴制を引き締めたりした。その結果として農奴は領主の締め付けに絶えられなくなり、或いは農業労働者としての意識に目覚めて団結して蜂起し、農奴制が崩壊へ向かったということのようだ。しかし、大戦後辺りから、一揆を農奴制崩壊の大きな要因とする考え方とは逆の考え方が現れてきた。乱は社会をなにも変えはしなかったという考え方である。この乱の原因は百年戦争の失敗や、個人的な私怨などの積み重ねなどで、特に沿岸部はフランスやスコットランドの襲撃を受け、その不安と政府の無策に対して不満が募っていた。考えようによっては一種のデモみたいなものだ。近年の研究で乱に参加したのが下層民だけではなく比較的富裕な層や地方政府の要職にある者も参加しており、彼らが乱を主導した事が分かっている。以前の研究では主に年代記などの史料が使われていたが、近年は裁判記録や会計記録などから乱前後の事情を探る研究が進んでいるようだ。最近は、この乱は何かの原因とか、何かを原因としてとかとと言うよりは農奴制や封建制という、システムが崩壊していく過程に現れた一つの現象と捉えているように見える。既に進行していたシステムの崩壊が目に見える形で顕在化した事件というところなんだろう。

  11. 森屋直樹著 ヘンリー5世のノルマンディー出兵−−その主たる動機を考える−− 学習院大学人文科学論集11 2002年
    1415年のアザンクール戦役の目的を検討した論文で、ヘンリー5世の遠征目的が後につづく本格的な侵攻の前哨戦であるとした従来説に対して沿岸地域を影響下に治めて英仏海峡の治安の安定を目指すことにあったとしている。根拠史料は「ヘンリー5世の事績」で、ここを見るにヘンリー5世はアルスフーフ攻略後に約1週間ていどの進撃を計画しており、その終着点はソンム河を渡河するあたりにあった。後は漠然とカレーへ帰還することになっていたが、その帰還の途中で計画外の会戦をしてしまい勝ってしまったってことだ。1417年戦役もノルマンディーの首府ルーアンではなく、カーン、ファレーズ、オンフールと沿岸地域を抑えるための要衝を最初に抑えた点などから1415年と同じく沿岸地域の制圧により英仏海峡の治安の安定を目指した遠征だとしている。その後は初期の成功のせいで惰性に流れてトロア条約に到ると言った所だ。戦争目的が最初の目的から、成功によって別の目的へと変わっていくことはよくあることだと、納得しそうになったが、見ようによっては「ヘンリー5世の事績」を根拠にした一つの可能性を指摘しただけともとれる。


  12. 山村延昭著 エドワード三世の財政方策 上下 西南学院大学商学論集12−1、2 1965年
     エドワード三世時世前半、1327から1350年代ののイギリスの財政政策について解説した論文。フランス戦開始前から財政的にはかなり苦しい状態が続いていたようだ。この論文では主に羊毛にかける間接税についての議会や商人達とのやり取りが時間を追う形で解説が進められている。エドワード即位当時、臨時課税を行う際に行われる「一般の同意」を誰に求めるかが不明瞭だったようだ。そこで、当初は王が任意に間接税をかけていたが、商人の抵抗が起こり大商人を基幹とする商人会に課税を求めるようになる。更には商人会から莫大な借財を行っていた。しかし、借財の踏み倒しや特権の乱発、間接税の増大で商人会を構成していた商人達が相次いで離脱して議会に頼るようになったり、破産したりして商人会を頼れなくなる。相対的に議会の権威が大きくなり、王は課税について議会を頼らざるおえなくなる。議会は王に様々な制約を課すようになり、その制約の下で課税に承認を与えていた。この過程で課税に対する議会の承認の慣行が確立した。商人会に間接税を求めていた時代には一部商人に独占権が与えられて地方等で打ちこわしや羊毛の引渡し拒否など色々な抵抗が起こったらしい。全般的に見て、エドワード三世の財政政策は議会の動向を無視したり、借財を踏み倒して大商人を破産させたりと強引な点がよく目に付く。しかし、その反動からか議会が大きく成長し、王に対して様々な制約を課し、臨時税徴収の際の承認機関は議会であるとした考えを確立するにいたっている。エドワード三世時世の主に羊毛貿易に対する間接税の概史といった感じである。

  13. 山村延昭著 初期ステイプル商人の存在形態−−ウィリアム・ドゥ・ラ・ポール一家の場合−− 西南学院大学商学論集12−3 1965年
     エドワード三世時世に活躍した「御用商人」ウィリアム・ドゥ・ラ・ポールの伝記みたいな論文。 この論文ではウィリアムの父や兄の話から始まる。二人とも商人だが、様々な官職も歴任した国王の官僚でもあり、。ウィリアムも同様に商人であり、官僚であった。彼は国王の信任厚く、財務府長官にまで上り詰め、貴族にも叙せられているている。ここまで重用された最大の理由は彼の資産で、国王は彼から莫大な金を借りていた。ウィリアムも当初は自分の役職を利用して儲けていたようだ。しかし、地位が上がるにつれて儲けより損の方が多くなったのではと思われる。何かにつけ、国王の支払いを肩代わりしている。更に、軍資金の調達に失敗し、投獄もされている。彼はそれまでの功績から復権し特権も得たが、これに懲りてか地方としに隠居して余生をすごしている。エドワード三世の財務官僚の働きの一端が垣間見える。  

  14. 山村延昭著 エドワード三世の後期財政方策と羊毛貿易 西南学院大学経済論集2−2 1968年
     「エドワード三世の財政政策」の続編で、1360年代から時世の終わりまでを主に羊毛貿易のステイプルを中心に論じている。ステイプルとは羊毛輸出を許可された港で、ステイプル以外からの輸出は原則禁止であった。そして、ステイプルから商品を外へ持ちだせるのは外国商人だけだった。当然国内商人は反発し、カレーに彼らの為のステイプルを作るように仕向けた。その結果、カレーを支配する羊毛商人達の組合による独占体制が出来上がってきた。しかし、今度は生産者たる国内の領方君主や中小商人たちの反発にあった。そこで、カレー以外のステイプルを復活させることとなる。それでも商人や生産者達の不満は増大を続け、ついには羊毛貿易にいかなる制限も加えてはならないとする請願が出され受理されようやく羊毛貿易の制限に対する不満が沈静化した。戦況の悪化により更に多くの資金が必要になると王は議会に更に依存せざるおえなくなる。議会もそれを認識し、善良議会での146項目にも及ぶ王への大規模な請願という形でそれをあらわした。この時、カレーのステイプルが強化されることになり、羊毛の準独占体制が確立したが、この独占により羊毛の国内外での価格差が大きくなり、国内で安価な羊毛の入手が容易になり、毛織物産業を促進し、更には毛織物の税率が低いこととあいまって毛織物貿易が羊毛貿易にとってかわるようになる。この論文を見ていると、イギリスの財政に対してフランスの財政はかなり大きな物のように見える。度重なる戦勝にも関わらずイギリスの財政は苦しいのに、フランスはイギリスの動産税10年分にあたるジョン王の身代金を払った後でもなおイギリスに対して攻勢を準備できるくらいに余裕がある。戦況だけを見る限りでは、イギリスが戦局を動かし続けたように見えるが財政面を見ると逆のように見えてならない。実際のところはフランスの財政について調べない限りわからない。

  15. 山村延昭著 リチャード二世の財政方策 西南学院大学経済論集4−2 1969年
     リチャード二世時世の王と議会の関係を解説した論文。フランス・カスティリアによる沿岸地帯への攻撃が続いていたが、財政難から対抗手段を打てず議会に資金援助を再三に渡り要請を繰り返していた。当時はランカスター公の力が強く、公の進める対カスティリア遠征が幾度となく計画され、最終的には1386年に実施されたが、途中で中止されている。それと、同時にフランドルのフランスとフランドル諸都市との戦争を支援する目的の遠征も行われていた。それらの戦いの為に人頭税が導入されたが、必要とされる戦費は集まらなかったようだ。イギリスは資金不足が続き議会も消極的で戦争の拡大を望んでおらず、カスティリア、フランドル、スコットランド、アイルランド等への遠征はことごとく失敗し、劣勢を強いられていた様子が分かる。議会と王の関係を中心にしたリチャード二世当時のイギリス概史と言った感じで、具体的な財に纏わる具体的な数値も数多く示されており、使い出があるが、数値の根拠が不鮮明な気がする。

  16. 山村延昭著 ヘンリイ四世の財政方策 上下 西南学院大学経済論集7−4,9−1 1973−4年
     ヘンリー四世時世の王と議会の関係を解説した論文。ヘンリー四世の時世は反乱に次ぐ反乱で、主にウェールズ、北部国境地帯を治めるノーサーバーランド伯の度重なる反乱に苦しめられている。戦費を議会に求める度に王室財産の管理強化とか、宮廷費の削減とか、色々な譲歩を余儀なくされ、集めた資金の使用法まで制限を加えられている。反乱に対してもなかなか成果を上げられずにいた。しかし、時世末期にはいると皇太子ヘンリーなどの活躍により反乱の大半は制圧でき、反乱を影から支援していたフランスは二派に別れて内乱を始め、ヘンリー四世にとり有利な状態が現れ、おかげで議会に対しても強い態度で臨めるようになった。数多くの数値データが示されており、使い出がある。  

  17. 山村延昭著 ヘンリイ五世の財政方策 上下 西南学院大学経済論集11−2、12−1 1976−7年
     ヘンリー五世時世の王と議会の関係を解説した論文。 ヘンリー五世はフランスの分裂を利してフランス戦を有利に進めたために、議会も終始友好的で多額の戦費調達に成功し、その戦費のおかげで更に大きな戦果を挙げることが出来たようだ。前王の時世と違い、反乱らしい反乱も起こらず、或いは未然に防がれていた。時世初期に反乱の根を断っていたのも成功の要因だったようにも見える。  

  18. 横山徳爾著 エドワード三世とその時代 大阪市立大学人文研究50−3 1998年
     エドワード三世の周りの貴族達の動きに焦点を当ててエドワード三世の時勢を解説している。エドワード二世からエドワード三世の死までが入っている。ガーター騎士団の創設やエドワード三世の愛人の話など個人的なエピソードも多々入っている。簡単なエドワード三世伝と言ったところ。

  19. A.J.ポラード著 鵜川馨訳 中世イングランド都市史に関する若干の考察 比較都市史研究23−1 2004年
     13から14世紀のイギリスの都市化と都市について論じた論文。イギリスは14世紀迄には全土が十分に都市化されていた。ここでいう都市とは商業中心地としての都市。当時の場合は市が立ち、周辺農村の物品が集積する市場中心地のことだ。だいたいどの地域でも歩いて一日以内の所にこのような都市があった。農村の一部も市場開場権を得て都市化していった。14世紀中頃に人口的な危機、黒死病とダブルパンチを受けてイギリスの諸都市は深刻なダメージを受けて、都市の衰退と同時に生き残りをかけた市場競争が行われた。現代風にいうと、都市を一つの会社にたとえて考えると良いと言うことだ。競争に負けた都市は倒産ならぬ、廃墟の道が待っていた。都市が衰退したこの時期には貧富の差が増大している。市場という名のパイが小さくなったが、少数の者の取り分が増えたってことだそうだ。16世紀には勝ち組の都市と負け組の都市がハッキリしていた。ロンドンは勝ち組、ヨークは負け組ってな具合に。ざっと流した感じだが、イギリスのと市場性全体を掴んだような気にさせてくれる論文や。

  20. J.S.Kepler著 The Effects of The Battle of Sluys upon The Administration of English Naval Impressment1340-1343 SPECULUM 48-1 1973年
     スロイスの海戦前後のイギリスの船舶徴発について検討した論文。スロイスの海戦以前、エドワード三世は船舶調達にかなり苦労していたようだ。国王直属の船舶は二五隻で、スロイスの海戦時に徴発できた船は135隻に過ぎなかった。しかし、スロイスの海戦後、海軍行政の強化が図られ、州シェリフや国王行政官による組織的な徴発が行われるようになり、船主名簿の作成や徴発忌避者への懲罰などの手段が使われた。これらの行政的努力が実を結び、スロイスの海戦から六年後の遠征では千隻にも及ぶ船舶を調達できた。 

  21. J.W.Sherborne著 The Hundred year's War --The English Navy:Shipping and Manpower 1369-1389 PAST AND PRESENT37 1967年(英語)
     百年戦争前半戦末期のイギリス海軍の調達に関して論じた論文。この時期の海軍調達には3種類の方法があったようだ。一つは国王直属の艦艇、もう一つは議会などで建造を命じて都市や諸侯が負担して建造し、都市や諸侯がそれを預かる艦艇、そして最も重要なのが私有船を国王の徴発権に基づいて徴発する艦艇で、この徴発による艦艇がイギリス海軍の中軸をなしたようだ。徴発以外の前者2種の艦艇は元々数が少ない上にその後も数が少なくなっていったようだ。船の徴発も当然ながら、船員も徴発により徴発に応じなければならない船主の負担は大きいものだったようだ。当時の海軍の主要な任務は大陸への軍の輸送で、海戦は殆ど行われなかった。その際必要となる船員は輸送する兵力とほぼ同じだったようだ。艦隊は輸送用に帆船が使われ、護衛としてバージやバリンガーなどの櫂船が使われたようだ。1369から1389年に編成された艦隊の指揮官、輸送人数、船員数、艦艇の構成などが記されており、データも使い出がありそうだ。

  22. J.W.Sherborne著 The Battle of La Rochelle and the War at Sea 1372-5  BULLETIN OF THE INSTITUTE OF HISTORICAL RESEARCH VOL.42-NO.103 1969年(英語)
     1372年にカスティリアとイギリスの間で行われたラ・ロシュ海戦の経過とその影響を論じた論文。イギリスは一万二千ポンドの現金と三千名の兵員をアキテーヌに輸送すべく十五隻の大型船と三隻の戦闘艦を含む三十隻をラ・ロシュへ向かわせたが、ラ・ロシュで十二隻の戦闘用ガレーで構成されたカスティリア艦隊と遭遇した。二日に渡る戦いの末、イギリス艦隊は全滅し、艦隊を率いていたペロブロークは捕虜になった。このラ・ロシュの戦いの復讐戦をすべくエドワード三世は大規模な艦隊を用意したようだが、機構の関係から出撃できずに終わったようだ。しかし、ラ・ロシュの戦いはこの後のイギリスの海上輸送に余り影響を与えていないようだ。イギリスはこの後、フランスはもちろんのこと、ポルトガルにも軍を派遣している。しかし、アキテーヌ、フランス北部、ポルトガル、スペインに兵を送り同時攻勢をかけるしたエドワード三世の攻勢計画はラ・ロシュの戦いでとん挫した。ラ・ロシュの戦いの意義は1372年の攻勢計画を頓挫させたことにあるようだ。

フランス関連

文献

  1. 近江吉明著 黒死病の時代のジャックリー 未来社 2001年 ¥9600
     14世紀中頃にフランス北部で発生したジャックリーの乱を14世紀に加速した「封建制の危機」論を土台としてエチエンヌ・マルセルの乱やナヴァール王と王太子の権力闘争を絡めながら検討している。ジャックリーの乱は反貴族制を掲げて発生した農民反乱と捉えられている。この著作でも概ねこの考えに則っていると思われる。だが、その奥にある原因として封建制の機能不全がある。封建制の機能不全により農村は野盗の攻撃に曝され、治安は崩壊している。農民はこの不安から自衛行動を起こしたと言うことらしい。農民側は1357年の大勅令を根拠としてこの蜂起が法に則って正当な物であるという意識があり、王太子やナヴァール王の鎮圧行動は彼等の予想を超えていたようだ。領主側は農民の行動が封建制そのものを否定する運動であることを嗅ぎ付け恐怖したようだ。その恐怖が敵味方超えナヴァール王と王太子のみならずイギリス軍まで参加しての大規模な鎮圧行動となって現れたようだ。ジャックリーの乱は領主の館や城など、農民から見て封建制を象徴するような物を主要攻撃目標としていた。ここからジャックリーは封建制そのものを否定する乱だとの位置づけが出来る。ジャックリーの乱は封建制の否定という意味で、領主になにかを要求するだけというような中世的暴動とは性格を異にしている。様々な史料が図表化されており、ジャックリーを記録した各種年代記の原文史料もあり詳細な調査に使える。封建制の危機に関する知識がある程度必要な気がする。

  2. 大谷暢順著 聖ジャンヌ=ダルク 河出書房新社 1986年 ¥2900
     物語風のジャンヌ・ダルクの伝記。まるでジャンヌが予言者か何かのように描かれている。ジャンヌに敵対する人物は、酷評されている。例えばフランス総督のベドフォード公は臆病者みたいだし、ジャンヌ・ダルク裁判を担当したコーションは守銭奴みたいだ。特に、復権の章でジャンヌに敵対した人々が如何なる末路をたどったかの記述は辛辣だ。シャルル7世の評価も無気力と言う一語に過ぎる。ジャンヌ賛歌とも言うような伝記である。台詞も多く、記述も単純なので極めて読み易い。

  3. 樺山紘一著 パリとアヴィニョン 人文書院 1990年 ¥3245
     前13から14世紀のフランス王フィリップ4世と、アヴィニョン教皇庁の行政組織と代表的な官僚の解説と紹介がある。これを読む限りではフィリップ四世時にフランスは大規模な官僚制の雛形を完成していたように見受けられる。前身は大諸侯で構成された国王評議会、或いは顧問団と言うような組織だったようだ。イギリスではこの組織が議会へ発達したのだが、フランスでは官僚組織へと発達したようだ。この官僚組織が百年戦争期にも機能していたようだ。アヴィニョン教皇庁は英仏の休戦の仲介という形で百年戦争に介入していたが、それ以外では余り関わらなかったようだ。

  4. 桐生操著 きれいなお城の残酷な話 大和書房 1999年 ¥1500
     180から208頁にジャンヌ・ダルクの戦友でもあった変態公爵ジル・ド・レの物語がある。なにか、童話を読んでいるような感じの作品。ジル・ド・レの変態趣味のところに焦点をあてて、ジル・ド・レの一生を描いている。

  5. 高山一彦著 ジャンヌ・ダルクの神話 講談社 1982年 ¥420
     ジャンヌダルクを主題にした映画、ジャンヌ傭兵説を出したギィユマン氏とフランス史の大家ベルヌー氏の論争とギィユマン説の解説があり、ジャンヌが自分の意志ではなく誰かの操り人形として活動しただけとする傀儡説、生存説、王妃の娘説、列聖審理などなど、ジャンヌに纏わる説や後世のイメージ、俗説などの四方山話を解説した本。

  6. 堀越孝一著 ジャンヌ=ダルクの百年戦争 清水書院 1984年 ¥480
      フランスの党派争いを中心に記述したジャンヌの伝記。原典からの引用が多く、ジャンヌの行動とフランスの党派の動きを関連づけて眺めるのによい。図や表も適所に配置されているので読み易い。最初にオルレアンの戦いが来て、百年戦争後半戦の背景が来て、次にジャンヌの伝記が始まるという形である。  

  7. 堀越孝一著 ブルゴーニュ家 講談社 1996年 ¥700
     百年戦争後半戦に深く関わったブルゴーニュ家の概説書。ブルゴーニュ家の歴史と、絵画やワイン、塩等の様々な四方山話や、貨幣政策や外交等の背景で構成されている。但し、やたらと関連した話へ飛んだり、思いの丈が述べらりたり、通説批判と、脱線することが多い。背景としてはホイジンガ「中世の秋」をかなり意識している。百年戦争と関わる部分は全体の半分といったところだが、百年戦争後半部の主要勢力の一つブルゴーニュ家を知るのに有用な書である。

  8. 山瀬善一著 百年戦争 教育社 1981年 ¥1000
     百年戦争を主に経済面から解説した本。主にフランス側に立って検討が行われている。貨幣については百年戦争以前の13世紀の聖王ルイに遡って検討を始めている。軍事についても、フランス軍の状態を、兵数や給料等の様々な数値に基づいて論じ、社会背景として野武士の問題が論じられている。そして、百年戦争末期のフランス王家の経済状況を好転させたジャック・クールの伝記的な記述から百年戦争末期のフランスの経済状況が解説され、最後に戦争終結後の影響が検討されてまとめとなっている。百年戦争時の経済的背景を知るのに有用な本である。

  9. 山本直文著 西洋食事史 三洋出版貿易 1977年 ¥2000
     古代から19世紀に至る西洋料理を紹介した本。中世の章で百年戦争期の料理が幾つか紹介されている。49頁にシャルル5世の食器の話があり、50と51頁にシャルル6世の献立に出てきた料理が紹介され、53頁にはジャンヌ・ダルクが好んだというスープの話があり、54頁にシャルル7世の元にいた美食家アニェース・ソレルが紹介されている。どれも僅かな記述に過ぎないが、当時の王侯の食事を想像する材料にはなる。

  10. 渡辺一夫著 渡辺一夫著作集9 筑摩書房 1971年 ¥−
     9から139頁に「パリ一市民の日記」の引用と、その解説や感想などがある。著者は専門家ではなく、日記から読みとれる情報を中心に解説を行っているが、大半は感想。日記の引用や日記の著作傾向などが紹介されている。物価に関するデータが極めて詳細に記されており、著者は親ブルゴーニュ派の人らしい。引用はカタカナ表記になっており、読みにくい。

  11. アラン・ギイェルム著 大山正史訳 ヨーロッパの城と艦隊 大学教育出版社 2000年 ¥2800
     63から83頁の範囲に百年戦争がらみのフランスの城について、シャルル5世がパリを要塞化した件と、ブルターニュ地方を巡る戦いを攻城戦や城の防備強化を中心に解説している。シャルル5世のパリ要塞化は従来の一つの城塞ではなく、幾つかの要塞を組み合わせることでパリ全域を防御する要塞網を築き上げている。この要塞群は内側の騒乱に対しても備えていたようだ。ブルターニュの件では要塞だけでなく、ブルターニュを巡る英仏の駆け引きや戦役も解説されている。リッシュモンやゲクランなどフランス王軍の要を輩出した土地だが、どちらかというとイギリスよりの地域だったようだ。ブルターニュ守備の要である、フージュール要塞の解説がある。この要塞は当時の技術の結晶のような要塞だったらしい。当時の要塞について知るのに使えるが、図がないのが問題だ。文だけでは分かりづらいところ多々あった。

  12. ギー・ブルトン著 増村保信訳 フランスの歴史をつくった女たち 中央公論社 1993年 ¥1950
     294から436頁に百年戦争当時のフランス王家に関わった女性達の話がある。フランス王の行動が全て女性に振り回されてのものだという感じで、王と女性達の間で起きた主要な事件を中心に物語風に書かれている。特にシャルル六世の王妃イザボーの記述が多く、陰謀好きで、好色な女性として描かれている。313から316頁のゲクランの妻の話は殺伐とした話の多い中、どこか微笑ましい感じがした。  

  13. ジャン=ポール・エチュヴェリー著 大谷暢順訳 百年戦争とリッシュモン大元帥 河出書房新社 1991年 ¥3600
     百年戦争後半戦のジャンヌ・ダルクが死んだ後の更に後半戦のフランス大元帥リッシュモンの伝記。リッシュモンはブルターニュ地方の出身で、従来この地方は自立心が強く百年戦争中もイギリスへ傾いたり、フランスに付いたりと去就を左右させていた。しかし、前半ではゲクラン、後半ではリッシュモンと百年戦争の戦況をフランス優位へと傾けた人物の登場した地域でもある。この本では、リッシュモン以前の前史としてゲクランを紹介し、本編としてリッシュモンの伝記がある。記述は年代を追う形で、主にフランス内での政治闘争と対イギリス戦でのフランス側の主要人物の動きを記述する形で進められている。伝記なので当然ながら、リッシュモンを称賛する記述は多く、イギリスへの非難やフランスの称賛等、偏った記述も多々目に付く。少々読み難いが、百年戦争前半戦、後半戦各々のフランス有利に進んだ後半戦を知るのに使えるだろう。  

  14. ジャック・ダブー著 橋口倫介/大島誠/藤川徹訳 エチエンヌ・マルセルのパリ革命 白水社 1988年 ¥2000
     1358年にパリ市長エチエンヌ・マルセルが起こした都市反乱の過程を記した本。この本を見る限り、反乱と言うよりは都市や商人等の貴族以外の有力者達が王太子や大諸侯等の権力闘争を利用して自らの権益の拡大を計った、権力闘争の一環のように見える。明確に反乱という形になっているようには見えない。当初は身分制議会たる三部会の力を背景にパリの有力者達が王太子に経済改革や宮廷改革を求めていたのだが、フランス王太子とナヴァール王や諸侯、イギリス王等も含めた権力闘争をも利用しようと、或いは利用され、更には同時期に発生したジャクリーの乱により事態が拡大し、パリと王太子の対立が抜き差しならぬ事態に発展して、パリ市長エチエンヌ・マルセルの暗殺でとりあえずは事態が収拾されたと言うところである。エチエンヌ・マルセルと諸侯や諸都市との関係と、彼が関わった主要な事件を中心に記述がなされている。当時の三部会等で活動を本格化していた市民層、特に経済的に裕福な層が百年戦争前半にフランスでいかな立場にあったか、どの位の力を持っていたか、フランス王国の徴税システムや経済政策等を知るのに使える。  

  15. ジョゼフ・カルメット著 田辺保訳 ブルゴーニュ公国の大公たち 国書刊行会 2000年 ¥6500
     ブルゴーニュ公国の勃興から滅亡までを解説している。概史の部分は歴代ブルゴーニュ公の伝記という形で解説が行われている。物語を語るようにブルゴーニュを賛美するように綴られている。後半は文学、芸術、宮廷の様子、行政機関に経済状態、外交政策などの解説が行われている。ブルゴーニュ公国全体を様々な角度から解説した書だが、専門書という風ではなくブルゴーニュ賛美の物語と言った感じの本である。  

  16. モニク・リュネス著 宮崎揚弘/工藤則光訳 ペストのフランス史 同文舘 1998年 ¥2500
     前半の80頁辺りまでが、黒死病到来頃、百年戦争勃発頃の話になっている。最初は感染ルートで、ビザンツからやってきたジェノバ船がフランスにペストを持ち込んだらしい。その後は戦争で右往左往する軍隊も手伝って飛躍的にフランス全土へ広がっていたみたいだ。この本では具体的な数値をあげ、当時の詩を引用し、パリ大学などが出した対処法などを紹介しながら、当時の黒死病の影響を解説している。この本を見る限り、黒死病の与えた精神的インパクトの大きさは凄まじいものだったように感じる。  

  17. レジーヌ・ペルヌー著 高山一彦訳 オルレアンの解放 白水社 1986年 ¥1800
     オルレアンの戦いを当時の時代背景と合わせて解説している。まず、ヘンリー5世の登場からオルレアンの戦いに至る背景が解説され、続いてオルレアンの戦いが主に「オルレアン籠城日誌」と当時の会計簿を使って解説している。その後、オルレアンの戦いの当時の反響がいかに大きな物であったかが解説されている。原史料の引用が多く、図版類もそれなりに使われており、解説も分かり易い。  

  18. 高山一彦編訳 ジャンヌ・ダルク処刑裁判 白水社 1984年 ¥−
     1431年1月から5月にかけて行われたジャンヌ・ダルクの裁判記録。裁判の日時の流れに合わせて史料を並べており、裁判に纏わる書簡なども収録されている。1月に準備が始まり、ジャンヌが最初の審問を受けるまでに1ヶ月もかかっている。大半は質問とその答えの記録で、誘導尋問と思われる部分もあり、全体を追いかけるのが意外に難しい。訳自体は読み易い形になっている。

  19. − 中世史講座10巻 学生社 1994年 ¥−
     211から213頁に14から15世紀のフランス演劇の概説がある。「教訓劇」がこの時期に登場したようで、聖母マリアを題材に取った教訓劇がいくつか紹介されている。悪いことをした人が聖母に救われるとした内容である。「教訓劇」には喜劇的な物もあったようで、14世紀の作品では具体例の解説が一つある。パン倉、御酒所、料理場、ソース瓶の4人が議論するという変な話で、最後は国王が裁断をくだす。227から234頁に14世紀頃の音楽の解説がある。この時代の音楽はアルス・ノーヴァと呼ばれているらしい。確か、新星堂からCDが出ていたはずだ。そして、現代の西欧音楽の基礎が固まったのが、この14世紀らしい。  

  20. レジーヌ・ペルヌー/マリ=ヴェロニック・クラン著 福本直之訳 ジャンヌ・ダルク 東京書籍 1992年 ¥3800
     ジャンヌ・ダルク資料集的なものを目指した著作らしい。全体は4部に別れていて、最初が伝記で前半が戦史、後半が裁判と言う構成で、次が関連人物の紹介で紹介されている人物は27人、第3がトピックス紹介で、第4が補足でジャンヌの現存する書簡集、肖像画、処刑裁判記録の成立年代等がある。最後に資料集として、映画化されたジャンヌや参考文献集、家系図などがある。但し、映画はフランスの物だけで、書籍もフランスの物が主である。全体的にジャンヌの賛美の方へ極端な偏りを示しているように見受けられる。もっぱらフランス側の事情が中心で、イギリスの状況を読みとることは出来ない。この著作に散見される史料の邦訳は有用に見える。  

  21. Janet Shirley編訳 A Parisian Journal 1405-1449 OXFORD 1968年
     15世紀前半にあるパリ市民が記録した日記で、百年戦争期のパリの状況を知る上での一級史料として知られている。日記というと、何月何日なにがありました、とか、なにをしましたという形を想像しがちだが、この日記は形態が異なる。事件毎に段落を設けて事件を羅列するような感じで書かれていて、日付があったり無かったりしている。パリの物価からフランスで起きた政治的事件まで、けっこう色々書いてある。当然ニシンの戦いやジャンヌ・ダルクのことも書かれているが、この著者はブルゴーニュ公に好意的な人物なので、ニシンの戦いではイギリス側に立ち、敵手たるジャンヌについてはよく書かれてはいない。このに日記には部分訳がある。その主要なものは「渡辺一夫著 渡辺一夫著作集9 筑摩書房 1971年」で、http://www.toride.com/~canossa/ms/parisj01.htm ここにも部分訳が掲載されている。  

  22. Willard Trask編訳 Joan of Arc in her own words BOOKS&CO 1996年(英語)
     ジャンヌ・ダルク語録と言った感じの本。キシュラが19世紀にまとめたジャンヌ・ダルクの史料集からジャンヌ自身の言葉や書簡を集めている。主要な事件を一つの章とし、それを年代毎に配列してその中にその時期ジャンヌが言った言葉や書簡を収録している。200頁足らずで、文字も余白も大きいので大した量の史料はないが、ジャンヌ語録として手頃である。

論文

 
  1. 井上泰男著 初期ヴァロア朝の「政治危機」について−−「国王顧問会」と「身分制議会」−− 北海道大学人文科学論集3 1964年
     1346から1358年の国王顧問会議について論じた論文で、顧問会議のメンバー構成に主眼が置かれているようだ。国王顧問会議とは国王に助言を行う為の機関だが、顧問会議のメンバーは何らかの階層や利益集団の代表としても行動していたようだ。その意味で、顧問会議は行政機関であると共に、代議機関でもあるようだ。顧問会議のメンバーは貴族や司教ばかりだが、僅かだながら市民もいたようである。地域的には北部、西部、パリ出身者が圧倒的に多い。構成メンバーについては様々な表やグラフが用意されていて分かり易い。顧問会議のメンバーは何か事件が起こっても余り引責辞任はしなかったようだ。1346年から1358年とはクレシィの敗戦からマルセルの乱にあたり三部会の活動が最も活発な時期に当たり、それに伴い顧問会議の活動も活発であった。しかし、マルセルの乱の鎮圧により国王権力が増大し、顧問会議は完全に国王の支配下に入り、国王は地方三部会を活用するようになり、全国三部会が行われなくなる。この時期は国王の顧問会議の掌握と、全国三部会の有名無実化による国王への中央集権化へ向かう契機となった時期のようだ。

  2. 井上泰男著 封建制から官僚制へ−フランス 歴史教育13−6 1965年
     フランスの身分制議会を構成する身分について分析した論文で、この身分というものがそれほど固定的なものではなく、かなり流動的なものだったらしい。身分形成の理論として「誓約団」を重視する考え方がある。似たような身分の人々が集まって作る政治団体みたいなものである。この誓約団を土台として身分集団が形成されると言うわけである。しかし、この論文ではこの誓約団が必ずしも身分を代表している集団とは言えず、更に誓約団は何らかの政治目的目的達成のために一時的に結ばれるもので、誓約団を持って身分制議会の形成を説明することは出来ないと言う。もう一つ国王の官僚機構たる国王評議会の問題も検討されている。この組織は専門家と大貴族で構成されており、近代的な官僚組織とは言い難いものだった。短い文に色々圧縮して入っているので、解りづらい。

  3. 高橋清徳著 中世におけるパリのコンフレリ−−パリ同業組合規約の資料的研究−− 千葉大学法経研究10 1981年
     コンフレリと呼ばれる同業者組合内に結成される宗教的な相互扶助団体の姿をパリの同業者組合の規約の中から読みとろうとした論文で、コンフレリに関係ありそうな規約の引用と解説で構成されている。コンフレリは僅かながら規約に現れているが、王権も教会も異教的な雰囲気をたたえ、秘密結社じみたコンフレリを快く思っていなかったようだが、広く民衆の間に根付いているコンフレリを容認せざるおえなかったようだ。パリの同業者組合、ギルドの一面を浮き彫りにした論文だ。

  4. 高橋清徳著 中世フランスにおける徒弟および職人・親方−−パリ同業組合規約の資料的研究−− 東北大学法学44−5,6 1981年
     パリ同業者組合規約から読みとれる徒弟の状態や、親方との関係、職人の法的な位置と親方との違いや関係が論じられている。これを見る限りでは徒弟に有利なように規定されているように見受けられる。たいてい親方は一人の徒弟しかとれず、親方はもちろんのこと徒弟に対しても保護規定があった。職人は特に法で規定された身分ではないようだ。徒弟期間を終えて親方になる資格を得ても、実際には親方になれない人々がいた。それが、職人と呼ばれたようだ。職人は親方に雇用されるが、それ以外の人々、例えば商人などに雇用されるのは原則禁止だったようだ。様々な項目別に史料からの引用とその解説で構成さていおり、13世紀の親方、徒弟、職人の関係を概観できる。

  5. 高橋清徳著 中世パリの大工職−−パリ同業者規約集四十七篇 訳・註解−− 千葉大学法経研究12 1982年
     13世紀中頃に編纂されたパリの同業者規約集の大工の規約。大半は労働規制で、夜勤禁止、土曜は午後三時迄しか仕事をしてはならないと、仕事時間の制限が厳しい。罰則は何でも罰金で、罰金は取締官と国王で折半する。これは罰則にかこつけた一種の徴税制度なのだろう。品質規定が労働時間規制より甘いように見える。窓作りには釘を使うことと、四つ割の部材を使わないことの二点しかない。

  6. 高橋清徳著 中世フランスにおける同業組合の管理・運営組織−−パリ同業組合規約の資料的研究−− 千葉大学法経研究14 1983年
     パリ同業者組合規約から読みとれる同業者組合の管理体制、特に王との結びつきを読みとろうとしている。同業者組合の管理は基本的に王権を代表するパリ奉行が行うが、内部を直接管理監督する任務は同業者組合内の親方や職人などから選出或いは指名された取り締まりが行う。一部の同業者組合にはパリ奉行と取り締まりの間に特定の個人や伯などの貴族が上級取り締まりとして任命されていたようだ。上級取り締まりは役人と言うよりパリ奉行の持つ権限の一部を利益を生み出す権利として譲渡された利権貴族と言った所に見える。しかし、組合内に設けられる取り締まりは利益より負担の方が大きいらしく、組合が取り締まり選出の免除を願い出ることが多かったようだ。取り締まりの数は組合員の人数に応じて適当に定められたようだ。組合員数の少ない組合では取り締まりの選出が免除されていた。王権の組合コントロールの為の組織を見ることが出来る。

  7. 高橋清徳著 中世パリにおける絹関係諸職業−−パリ同業者規約の訳・註解−− 千葉大学法経研究15,16 1984年
     13世紀中頃に編纂されたパリの同業者規約集の組紐屋、大紡錘、小紡錘、飾織物師、絹リボン、絹布業、絹ヴェール、絹物商の規約の訳。多くは労働規制で、夜勤禁止、日曜は仕事をしてはならないと、仕事時間の制限が厳しい。それと、商品管理規定も多い。織り方から材料まで細かい規定がある。例えば、麻糸と絹を混ぜて織ってはならないとか。女工の規定も多い。絹関係の職業には女性も就業可能だったようだ。その際、夫と同じ職業なら、就業可能だが、夫と職業が異なると就業できなくなるようだ。夫婦で同じ職業に就いていると弟子を二人までとれるようになるので、少しは有利な点もあるようだ。 後、弟子を買うとか言う規定があるところからすると弟子をとるために人身売買のようなことが行われていたようだ。  

  8. 高橋清徳著 中世パリの毛織物業−−パリ同業者規約の訳・註解−− 千葉大学法経研究17 1985年
     13世紀中頃に編纂されたパリの同業者規約集の毛織物屋、サラセン・タピ、フランス・タピ、織物仕上工、染物師の規約の訳。毛織物屋の規約が実に細かい。徒弟の条件や徒弟保護規定、製品の品質規定と罰則も細部に渡って規定されている。例えば、徒弟が親方の落度により親方の元を去らなければならなくなったら、親方が徒弟に賠償を出さなければならないとか、幅と使う羊毛の本数とか子羊と通常の羊毛を混ぜてはならないとか、面白いところでは職人は決まった時刻に食事をとらなければならないなど規定が細かい。サラセン・タピの規定は三種類のテクストからの翻訳が用意されている。染物師の規約には規約だけではなく毛織物屋に対する苦情も規約の中に記載されている。ここからすると、毛織物屋は染物師の行う作業を行うことが出来るが、染物師は毛織物屋の行う作業が出来ないようだ。  

  9. 高橋清徳著 中世パリの麻物業−−パリ同業者規約の訳・註解−− 千葉大学法経研究18 1985年
     13世紀中頃に編纂されたパリの同業者規約集の綱屋、亜麻屋、大麻商、麻布商の規約の訳。綱屋、亜麻屋はそれほど規則は厳しくないようで、亜麻屋は女性もなることができたようだ。大麻商は大麻の購入に関しては国王の監視が規定されているが、売る時は自由だったようだ。麻布商は外来者からの購入が禁止され、どうやら行商も禁止されているらしい。外来者は販売に関しては市場からも閉め出されている。面白いことに聖職者が麻布商になることを禁止した項目がある。特にこの規定があると言うことは、聖職者は他の商売なら許されたと取ることもできそうだ。  

  10. 高橋清徳著 中世パリにおける毛織物業の構造 史潮新17号 1985年
     13世紀中頃に編纂されたパリ同業者組合の毛織物業の規約と毛織物業に纏わる裁判記録から毛織物組合の状態を分析した論文。徒弟については身内は幾らでも徒弟に出来たが、他からは一人しかできないようだ。親方層は職人層に対して様々な規制を加えている。基本的に女性は排除されていた。他の組合との紛争も幾つもあり、この論文では染め物師組合との紛争が紹介されている。毛織物工は染め物を行うことが許されていたが、染め物師は毛織物を行うことが許されていなかった。ここから、毛織物工が染め物を行うことが多く、染め物師組合から苦情が多発していたようだ。染め物師組合は毛織物工が染め物師に転職することにも難色を示している。毛織物組合は基本的にはパリ奉行の管轄下にあったが、幾つかの職権が権利としてパリ近郊の封建領主に与えられていたようだ。 規約から読みとれる毛織物組合の構造や他組合や王権との関わりを検討したと言った感じである。 

  11. 高橋清徳著 中世パリの石工職−−パリ同業者規約の訳・註解−− 千葉大学法経研究19 1986年
     13世紀中頃に編纂されたパリの同業者規約集の石工職の規約の訳。石工関係職の規約と言った感じで、石工と石膏屋とモルタル工に対する規約が一つにまとめられている。どうも、この三者の中で石工が最も優遇されているように見受けられる。石膏屋には納入する石膏の規定があり、モルタル工には使用する材料の規定があり、両者共に扱う商品や材料の品質が規則により定められている。しかし、石工の使う材料や手法にはこれと言った規定がない。特に、この中で職人ではなく商人である石膏商には量、不純物の規定など、最も規定が多く、更には罰金を払わない者に対する強制措置まで定められている。恐らく、石膏屋には不良品を売りつけたり、罰則を無視する悪質な商人が多かったのだろう。  

  12. 高橋清徳著 中世パリの服飾業−−パリ同業者規約の訳・註解−− 千葉大学法学論集1−1 1986年
     13世紀中頃に編纂されたパリの同業者規約集の麻のプレ屋、ショース屋、衣装仕立屋、古着屋、帯屋、手袋屋、各種帽子屋の規約の訳。この中で、古着屋は商人のようで、最も規定が細かく、不正品の規定やその取り締まり、罰則、不正品の処分などが規定されている。職人より、商人に対する規定が大きいと言うことはそれだけ商人の不正に対する訴えが多かったと言うことらしい。帽子屋が帽子の材料の種類に応じて職種分けされている。例えば、フェルト、木綿などと言う具合に。そして、自分の職分を越えた材料を使って帽子を作ることも他の種類の材料を混ぜることも許されていないようだ。麻のブレ屋やショース屋。衣装仕立屋などは逆に他の職種に比べて規約がゆるい。例えば徒弟は通常一人しか取ることが出来ないが、これらの職は何人でも徒弟を取ることが出来る。それに規約自体も比較的短い。  

  13. 高橋清徳著 パリ市の一般警察および諸職に関する国王ジャン二世の勅令(1351.1.31) 千葉大学法学論集1−2 1987年
     1351年にジャン二世が発布した勅令の訳。最初に無職の人々が職に就かねばならぬ旨が規定されている。職人や労働者に対しては最高賃金の規定があり、職人や商人に対する商品の最高価格令もある。商品の品質規定も詳細に渡る。例えば、パンの焼き方から材料の重さなどによる値段の規定が27条に及び、魚商は魚の運び方から魚を入れるかご、持ってくる時刻、購入方などが詳細に規定されている。商工業全体を統制し、物価と品質を安定させ、税収の増大を狙っているように見受けられる。 ジャン二世の経済政策を知るのに重要な史料らしい。 

  14. 高橋清徳著 中世パリにおける同業者組合の制度的構造 社会経済史学53−3 1987年
     パリ同業者組合規約から読みとれる同業者組合の構造を分析した論文で、同業種の分化統合や一つの職種が作業工程毎に分化し、同業者組合の再編が行われていたことや組合の構成員たる親方と彼の下に入る徒弟や職人などの状態が検討されている。徒弟はある程度保護されていた。職人には横の繋がりを作らせないような手が打たれていたようだが、職人と親方の境界は極めて曖昧だったようにも見受けられる。管理運営は基本的にパリ奉行の管轄にあり、それを助ける目的で親方や職人、場合によっては外部の者による取り締まりが置かれていた。同業者組合はパリの治安維持のためにも動員されており、場合によっては軍事目的の動員もあったようだ。   

  15. 畑奈保美著 ブルゴーニュ時代初期(14世紀末〜15世紀初頭)におけるフランドル四者会議 西洋史研究新号23 1994年
     フランドル地方の実質的な身分制議会たる四者会議を論じた論文で、四者会議とはガン、ブリュージュ、イープルーの三都市とフラン地方の代表で構成された会議で他の都市や地方の代表が含まれていない。他の代表は四者会議かフランドルの封建領主たるフランドル伯かブルゴーニュ公の求めに応じて召集されることがあったが、余り重要視されていなかったようだ。十四世紀に四者会議を構成した三大都市は武力により領主に対抗していたが、武力で制圧されると、四者会議を通して領主に対抗したようである。全体は四者会議成立の前史で、後半は十四世紀末から十五世紀初頭にかけてのブルゴーニュ公との関わりが解説されている。この時期、ブルゴーニュ公の集権化の推進に対しても、各都市の自立性は四者会議の誓願を通してそれなりに達成されていたらしい。ブルゴーニュ公国の身分制議会の活動を知るのに使える。

  16. 畑奈保美著 15世紀フランドルの高等バイイの「追放」事件 比較都市研究17−1 1998年
     15世紀にガン市の裁判所は領主の裁判所たる高等バイイ、市民の裁判所たるエシュヴァン裁判所があった。1400年にガン市民の裏切りを裁き、処刑を執行した高等バイイに対してエシュヴァン裁判所が抗議し、バイイの追放を宣言したのだった。エシュヴァン裁判所としては市民を断りもなく裁き、処刑するなどエシュヴァン裁判所の職権に対する重大な侵害行為と写ったようだ。都市と領主との対立に基づく事件といえるが、どうもガン市は都市から領主の影響を排除しようとしたわけではないようだ。あくまで、都市として自分の持ち分を守ろうとしただけだったようだ。14世紀に見せた反乱のようなものとは方針が根本的に違う。

  17. 藤川徹著 百年戦争期におけるパリの祭儀をめぐって−−「心性史」的一考察 上智大学上智史学25 1980年
     パリ一市民の日記から15世紀に行われたパリの聖体行列や入場式の様子や目的を検討した感じの論文で、当初は宗教的色彩の強いこれらの行事もブルゴーニュ派とアルマニャック派の政争やイギリスとの戦いの過程で政治的色彩が強くなり、宗教的色彩を帯びた政治宣伝の場となったと見える。これらの宗教的行事を国王と強く結びつけることで国王の神格化にも一役買ったようだ。

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