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ヘンリー・ナイトンの年代記 オーブロッシェの戦い
14世紀後半に書かれた年代記で、著者のヘンリー・ナイトンはレスターの修道士である。主にイギリスの史料を基に年代記を書いたようである。
こここでは、1345年10月21日にダービー伯率いる遠征軍とフランス王が派遣したガスコーニュ遠征軍が激突したオーブロッシェの戦いの部分だけを翻訳した。

オーブロッシェの戦い
ダービー伯ヘンリーがベルジュラックを奪取
そしてダービー伯ヘンリーはガスコーニュで部隊を集め始め、40人のイギリス人とガスコーニュ人を騎士に叙任し、
国境を荒らしまわり、55の町や、都市や、城を占領した。突撃によりベルジュラック市をも占領した。
ここはもの凄くリッチなところで、樽一杯の金とさらに法外な量の他の宝物を戦利品として全てこの市から持ち去った。
そして大胆にもランゴンの町と城をも奪取した。
ベリグーからそう遠くないところでアルマニャック伯を追いかけ回したが、伯は城に逃げ込み、そのまま逃げてしまった。
フリースランドでエノー伯と共に2人の伯と多くの者が殺されたのと同じ時期である。
ダービー伯ヘンリーは僅かな部下と共にオーブロッシュの町へ行き、ここで30000のフランス軍を発見して戦闘に入り、神の祝福により叩き潰し、
この勝利で3人の伯、3人の諸侯、7人の副伯、12人の旗手を捕虜にした。


「henry.Knighton著 G.H.Martin編訳 Knighton's Chronicle 1337-1396 CLARENDON PRESS 1995」53から55頁より翻訳

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