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黒太子伝 ナヘラの戦い
14世紀後半に黒太子の腹心たるジョン・チャンドスの紋章官が書いた黒太子伝である。
誇張や脚色が多いと言われるが、黒太子を直に見てきた人物の筆に拠るものであり、黒太子を知る上では一番の史料だといえる。
ここでは、1367年4月3日に
フランス王の後押しを受けたカスティリア王エンリケとイギリスの黒太子の後押しを受けたドン・ペドロが激突したナヘラの戦いの部分だけを翻訳した。

ナヘラの戦い

「如何に翌朝、太子はログロニョから出発してその日、部下を率いて2リーグ進み、この日の戦いが行われると予想した場所で布陣してナバラで布陣する簒奪者エンリケの軍の状況を調べるべく偵察隊を放ち、二つの軍は二リーグ離れた位置に来たか。」
太子は遅滞することなく、次の日の日没にログロニョの前戦から出発した。朝には完全に戦闘準備を整えた。
これほど整然と並んだ貴族達が見られるのは救世主の誕生以来のことだろう。この日は金曜だった。
太子はこの日、2リーグを止まることなく前進し、戦闘が行われるであろう場所に到達した。あらゆる方向に騎馬兵が放たれた。
何が起きるか調べることは厳しい任務である。
偵察隊は相手の軍がナヘラ川の近くの草原や、果樹園、畑で−いかに強力な軍が−どのように布陣しているか偵察し、この日は発見されることなく引き揚げてきた。
偵察隊は一度に全てを太子へ報告した。軍がどのようにナバラに布陣し、どのように展開しているかを語った。
二つの軍は2リーグ離れていた。皆この夜、警戒して防御を固めた。武装して睡眠を取った。
夜明け前にエンリケ王はイングランド軍の陣の複数の場所へ、イングランド軍がいかに布陣しているかを調べるべくスパイを放った。
しかし、日没にはイングランド軍はそこを立ち去り、馬に乗って出発した。太子は近道を行かずに、迂回路を行った。
貴族達は密集して整然と丘を登り、谷を下った。それは驚くべき光景だった。簒奪者は遅れることなく深夜には部隊に戦闘準備を整えさせた。
サー・ベルトランとマーシャル・オーデンハムは歩行で、アラゴンから来たサンチョ伯とデニア伯も同様に布陣した。
リーベグエ・ド・ヴィリネス、ジョアン・ナバルと私が名を知らぬスペイン、アラゴン、フランス、ピカルディー、ブリタニー、ノルマンディー、
その他多くの地域から来た四千名以上の者達はここに布陣した。左翼にはテロ伯が騎乗して一万二千名の軽騎兵と布陣した。

「簒奪者の巨大な部隊には一万五千の装甲兵と多くのクロスボウ兵、四千百名の装甲騎馬兵がいた。ホスピタル騎士団とサンティアゴ騎士団の幹部もいた。」
右翼には簒奪王エンリケ指揮下の一万五千名の装甲兵と、その他多くの地元民−クロスボウ、農奴、従者、槍や投槍、石を投げるスリングで武装した兵−が前衛の守りを固めた王室部隊が布陣した。
誰もこの日集まったほど多くの人々を見たことは無かろう。ここでは多くの絹や薄絹などの旗が翻っていた。
少なくても一陣営に装甲された馬が全部で四千百騎はいた。
多くの狡猾な騎士がゴメス・カリロと言う名のホスピタル騎士団の幹部の指揮下にあった。
彼はこの日、イングランド軍を苦しめたと言われている。ここにはサンティアゴ騎士団の総長とカラトラバ騎士団の総長と呼ばれた勇敢な騎士もいた。
彼は今日は敵部隊を楽に突破できると大声で叫んだ。

「如何に太子は丘を降りてサー・ジョン・チャンドスに旗を与えてチャンドスの部隊が歓び、戦いの準備をしたか。」
整然と全軍が布陣し、太子は一度丘から降りて出発することを望んだ。
2つの軍が相手を目視した時、ここでの戦いから逃れられないことを悟り、次の日に延期は出来なかった。
サー・ジョン・チャンドスは太子の所に高価な絹の自分の旗を持ってきた。
チャンドスは太子に謙遜していった。
「サー、私は過去においても殿下を守りました。神が私に与えたあらゆるものは殿下を通してきました。
私は、常に殿下のものです。私が旗を持つべき適当な時期と場所があるのなら、私は神から与えられたものにより戦列を支援できるでしょう。
今殿下が望むのならここに旗を。私は旗を殿下に贈ります。」
太子と、ペドロ王、ランカスター公は旗を広げてチャンドスに旗を渡してていった。
「神はあなたの気高い行為を聞き届けてくれる。」
チャンドスは旗を受け取って部下を集めていった。
「諸君、これは私の旗だ。これを諸君自身のように、諸君の心と同じように守るのだ。」
チャンドスの部隊は大いに喜んだ。チャンドスの部隊は自身のやり方を続け、戦いをこれ以上待つつもりはなかった。旗はウィリアム・アルビーが持った。

「如何にイングランド軍は下馬して、太子が全能の神に祈りを捧げペドロ王に個人的に話をし、前衛を前進させたか。」
イングランド軍は勝利を望み、下馬した。太子は彼らにいった。
「主よ、我らに選択の余地はない。諸君は物資の欠乏が間近に迫っていることを知っている。
それに対して敵を見よ。食糧に、パン、ワインに塩、新鮮な魚など、あらゆるものが充分に揃っている。
しかし、我らは剣によって奴らを撃ち伏せる。さぁ、我らは名誉の死を遂げるような行いをしようぞ。」
次に太子は手を合わせて祈りを捧げていった。
「我らを造りし我らの主よ。汝、それを最も正しく知るものなり。我はただ正義、勇気、気高さを保つべくここに来た。
それらあらゆることが我に名誉ある人生のために勝利せよと促す。故に我は汝に我が身と部下の安全を祈る。」
そして太子が祈っている時に、言った。「旗手、前へ!神が我らと供にあるぞ!」
次に太子がペドロ王をわきに連れて行き言った。「今日、君はカスティリアを奪還できたなら、確信できるだろう。神を信じるのだ!」
これは太子がペドロ王に言ったことである。

「如何にランカスター公とジョン・チャンドスは前衛に行き、騎士を配置し、彼らを励ましたか。」
前衛には高貴なるランカスター公。善良なる騎士チャンドスと彼が叙した騎士達がいた。
クルゾン、プライオル、エルトン、ウィリアム・フェリンドン、アモーリー・ド・ロシュシュアール、ガリアート・デ・ラ・モーテ、ロベール・ブリッキ。
勇敢で高貴で力強い家系の騎士が数多くここにいた。
戦場でランカスター公がウィリアム・ビーチャムにいった。
「見よ、我らの敵を。だが、我らには神の助けがあるだろう。今日、死が私を阻まない限り、君は私が善良なる騎士であるところを見るだろう。」
続いて言った。「旗手、前へ、前進!さぁ、我ら神の加護の元、全ての者が立派な振る舞いをしてみせようぞ。」
そして立派な公は部下の先頭に立ち、多くの者共に更なる勇気と大胆さを奮い起こさせた。この時、公はジョアン・ド・イープルを騎士に叙した。

「如何にこの偉大な戦いが始まり、ランカスターの部隊が主と共にあり、如何にサー・ベルトランが戦いに参加して、多くの騎士が地面に打ち倒されたか。」
今まさに、戦いが始まり、埃が舞い上がりはじめた。弓兵は濃密な矢幕を雨霰と降り注いだ。
ランカスター公は勇者の如く前へ進み、トーマス・ウフォートと、ヒュー・ヘースティングが後に続き、旗がはためき、槍が構えられた。
右翼はこの日、大いに名声を上げるチャンドスで、スティブン・コシュングトン、ジョン・デブロックス、ギシャール・ド・アーグル、チャンドスと共に二人の息子、その他敬愛すべき埃にまみれた騎士達がいた。ロード・ド・レーもここにいた。
諸君は部隊が近づき、一塊りになるほどに接近し、旗や旗指物がはためく光景を目にしたことだろう。
彼らは槍を真っ直ぐに構えて熱狂的に敵へ攻撃をしかけた。
弓兵たちは四六時中、矢を放ち、それに対して簒奪者の軍がクロスボウで応射してくる。
彼らはサー・ベルトランの部隊の強固な抵抗にぶつかるまで歩み続けた。
衝突した瞬間、剣が激突し、戦いですべきあらゆることが行われた。
世界で一人として、相手の戦斧や剣、短剣で繰り出される巨大な旋風に身じろがぬほど豪胆な心を持つ者はいないだろう。
多くの騎士が地面に打ち倒されて部隊はバラバラになっていた。

「如何に多くの旗が地面に投げ出され、サー・チャンドスが打ち倒され、彼を打ち倒して負傷させたカスティリア人が神の恩恵により回復したサー・チャンドスに殺されて、サー・チャンドスが直ぐに戦いへ復帰して力強く戦ったか。」
ここには大きな雑音がし、土埃が舞っていた。ここは厳しく旗や旗指物は地面に落ちてはためいていなかった。
この日この時、サー・チャンドスが打ち倒された。
彼を打ち倒したのは背の高いカスティリア人−−彼の名はマーティン・フェルナンデス−−、チャンドスを殺そうとして彼のバイザーを貫いて負傷させた。
チャンドスは大胆にベルトから短剣を抜きはなってカスティリア人を襲って、この鋭い刃を敵の身体に刺しこんだ。
カスティリア人はぐったりとして死に、チャンドスは敵の足をどかした。
彼は敵の手から剣を奪ってもの凄く激しく恐ろしい戦いに戻った。それは驚くべき出来事だった。誰もが彼が襲われて死んだと思ったのだった。

「如何にランカスター公が騎士として大いなる危険の中に自身を置いて戦っていたか。」
他の場所で、高貴なるランカスター公が誰もが驚愕し、目を見張るほどにもの凄く力強く、どのようにでも誇るできるほどに危険な場所に身を置いて厳しい戦いをした。
この日の彼のように前へ押し出せる人物を、富者だろうが貧者だろうが、私は思い描くことすらできない。
そして太子は躊躇することなく、早歩きで攻撃に出た。

「如何にナバラ王の旗手とマルティーノ・ド・ラ・カラがカピル・ド・ビシャと二千の兵と共にドン・テロを攻撃すべく出陣したが、攻撃前にドン・テロが逃げ出したか。」
戦いの右翼では、ナバラ王の旗手とマルティーノ・ド・ラ・カラがカピテルとド・アルバート−−そして二千の兵−−がサー・ベルトランの左翼に布陣するドン・テロを攻撃すべく出陣した。
しかし、私は諸君に確信を持っていえる。彼らが交戦に入る前に、ドン・テロは退却を始め、カピテルは歩兵隊攻撃へと方向転換をした。
この日、彼らは多くの仕事をこなした。勇敢なる男たちの如く、勇ましく自身を守ったのだ。
一方、左翼では太子、パーシー、ロード・クリッソン、サー・トーマス・フェルトン、サー・ウォルター・ハウィトが前衛を視察して前衛の士気を鼓舞したのだった。

「如何に太子が自ら率いる精鋭部隊と共に戦いに参加し、如何に後衛が装甲騎馬隊と対峙する小さな丘に布陣したか。ここにマヨルカ王と多くの貴族がいた。あらゆる場所で戦いが始まり、スペイン人が逃げ出すまで戦いは続いた。」
アキテーヌ公が直衛全軍を率いて来たことにより、段々と戦いは激しくなり、死傷者が増加した。
そこは小さな丘の左側である。丘の反対側には後衛がいた。
ここにはマヨルカ王がいて、アルマニャック伯、ロード・セブラック、サー・ベラート、サー・バートルキャット・ド・アルバートがいた。そしてサー・ヒュー・カルベリィもいた。
戦いはあらゆる場所で起こり、激しく戦われた。
スペイン人はジャベリンや投槍を彼らなりの最高のやり方で投げ、それに対して弓兵が冬の雨をも凌ぐ勢いで激しく矢を射た。
スペイン人や彼らの馬は傷つき、これ以上頑張ることはできそうにない状況だった。
簒奪者エンリケはこの有様を見て、怒り心頭に達して三度にわたって部隊の再編を試み、こう叫んだ。
「主よ、我を助けたまえ、諸君は私を王に据え、私を助けると誓わったはないか!」。
しかし、彼の言葉は意味をなさず、攻撃が再開されたのだった。

「如何に簒奪者が逃げ出し、スペイン人が敗退し、フランス人が戦い続けてついには敗退し、サー・ベルトランと多くの貴族や騎士が捕らえられ、多くの武装した者が殺されたか。イングランド側はフェラーが戦いで殺された。」
しかし、控え目に言っても、太子の部隊にはライオンほどの獰猛さと勇気を持つ者が一人としていたわけではない。
諸君がローランドやオリバーなどと比べられるほどの者だったわけでもない。
スペイン人は向きを変えて逃げ出し、馬に頭にと全ての物を投げ出した。簒奪者は猛烈に惨めだった。
捕まったか殺された者以外は逃げていった。続いて虐殺が始まった。諸君は歩兵達が短剣や剣で殺されたのを見ただろう。
簒奪者は谷沿いに逃げていった。しかし、フランス人、ブレトン人、ノルマン人は踏み留まったが、士気が限界に達して直ぐに敗れ去った。
皆がここで叫んだ。「ギュイエンヌ!聖ジョージ!」。
サー・ベルトランとマーシャル・オーデンハムはここで捕らえられ、勇猛果敢なデニア伯も捕まった。
敵の一人、サンチョ伯はリーベグエ・ド・ヴィリネス、ジャン・ド・ネヴィルと他千名と共に我が軍の手に落ちた。
リーベグエ・ド・ヴィリアーは殺され、私の知らない多くの者も殺されていた。
報告によると武装した五百人以上の者が斬り合いで死んでいる。
イギリス側では一級の騎士、サー・フェラーが死んだ。神と聖ペテロよ、彼の魂に祝福を。

「大会戦シーン、追撃のその後。如何に二千名以上のスペイン人が河で溺れ、約七千七百名が殺され、河は朱色に染まったか。イギリス軍は町に入り、捕虜を捕らえた。旗の下で太子はこれを喜んだ。」
戦場は一リーグ四方、木も藪もない心地よい平原だった。近くには恐ろしく早く強い流れの激流の河があった。
この日、この河は、河に至るまで続いた追撃で、カスティリア人が多大な損害を受ける元凶となった。
ここで二千名以上が溺れた。ナヘラの前面の橋における追撃は激烈を極めた。
諸君は恐怖から騎士達が河へ飛び込み、互いに積み重なって死んでいくのを見たことだろう。
そして河は人々や馬の死体の血で驚くほどに朱に染まった。
ここで誰もが見たそのようなものを、私は考えられない、それほど大規模な虐殺が行われた。
死者は合計で七千七百名もの多数にのぼった。太子の軍は町に入り、ここで千名以上が殺された。
カラトラバ騎士団長は地下室で捕らえられた。ホスピタル騎士団の幹部とサンティアゴ騎士団長も捕らえられた。
彼らは高い壁の後ろへ退却したが、武装兵がそこをよじ登ってきた為に壁は彼らの助けにはならず、彼らが敵対する者達より惨めになった時には攻撃の準備が進んでいた。
それで、スペイン人は殺されたり、捕らわれたりし、戦場で待つ太子を大いに喜ばせ、太子の旗が掲げられて部下達を奮起させた。
この戦いは四月に入って三日目の土曜日に行われた。これはナヘラで大会戦が行われた日である。

「如何に太子が、前夜に簒奪者と彼の部下達がいた場所にこの夜は留まったか。如何に彼らが祝い神に感謝し、多量の食糧と宝を見付けたか。」
この夜、太子は前夜エンリケ王が過ごした場所に宿泊した。
勝利を祝い、好意を示してくれた父なる神、息子と聖母に感謝を捧げた。
そしてここに皆が望むパンとワイン、チーズ、皿、金や銀を見いだした。建家はそれらに満たされていた。

Richard Barber編 The Life and campaigns of the Black Prince BOYDELL 1979年」 83頁より翻訳

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