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ギリシアの覇権はホモのモノ その4

スパルタの覇権
 ちょうどアルカディア戦争末期頃、スパルタを指導していたのはギリシア七賢人の一人に数えられ、当時齢七十になるキロン爺さんであった。彼は王ではないが、スパルタの要職、監督官(エポロス)だった(1)前556年にエポロスに就任したキロン爺さんはエポロスの権限を強化し、貴族優位の体制から民会を強化して民会優位の民主制へ移行させ「同等者達(ομοιοι:ホモイオイ。ホモとは関係ない)」と他のギリシア人から呼び慣わされる程の平等主義を打ち建て、あのスパルタ教育で名高き教育システムをも作り上げた。外交方針も、メッセニアで行なっていた征服した国の全住民を奴隷に落とすとした方針から、征服した国とは同盟を結び、その同盟の輪を広げていくとした方針に転換した。この最中、テゲアが降伏したが、この時も新たな方針に従って同盟に組み込んだのである(2)
 スパルタは教育に同性愛を持ち込んだ。そう、一部の人々は体験したことがあろう。好きな人の前ではかっこの悪いことができず、実力以上の力を発揮してしまう現象を。この現象を応用してスパルタでは青年が少年を愛人として、その少年を教育する考えを教育に盛込んだ。但し、それは兄弟愛や肉親愛の如く、肉体的な愛ではならず、精神的な愛でなければならないと。そうすれば、戦場においても愛する者の見ている前で恥知らずなことはできず勇敢に戦うであろうと考えたのである。スパルタでの教育は基本的に児童全てが一人の教官の元で一括して指導されるのだが、その補助的な役割としてこの個人指導も盛込まれたようである。スパルタでの同性愛の広がりぶりは、ギリシアで最初に同性愛が始まったのはスパルタであるといわれたほどである(3)ついに、スパルタはホモホモ パワーを手にし、ここからスパルタ無敗伝説も始まった。
 スパルタの改革が終了してまもなくテゲアは降伏し、ペロポネソス半島全域を覆うペロポネソス同盟が完成した。この噂を聞き付け、小アジアの大国リュディア王から同盟締結の話が舞い込み、スパルタはギリシアのみならず地中海世界の強国としての名声を博するまでになる(4)
 ここから新たな戦いがキロン爺さん主導で始まった。なぜかはわからないが、キロン爺さんは僭主が大嫌いだった(5)やっぱり、一人の男が美男美女、全てを自由にできる制度より、皆が平等に楽しめる制度の方が楽しくていいんじゃないかと思っていたのだろうか。その後、スパルタはホモホモパワーにものを言わせてナクソス僭主リュグダミス(前517年)、アテナイ僭主ヒッピアス(前510年)、タソス僭主シュンマコス、ミレトス僭主アリストゲネス、サモス僭主ポリュクラテス(前525年)と、次々と僭主を攻撃し、その多くを廃位に追い込んでいった(6)キロン爺さんがエポロスに就任した年にも、シ ュキオン僭主アイスキネスがスパルタの手により廃位されている(7)この僭主攻撃の過程でスパルタは海軍力をも大幅に拡充した。なにせ、ギリシアでもトップクラスの海軍を有するといわれる島国のサモスやナクソスを攻撃できるくらいなのだから、かなり海軍に力を入れたのであろう(8)
 しかし、スパルタの覇権確立にはまだ克服しなければならない強敵が一つ残っていた。以前の覇権国家にしてヒュシアイで惨敗を喫した相手、ノーマル大国アルゴスである。
 キロン爺さんがスパルタを改革してから10年位後の前545年頃、スパルタはアルゴスとの戦争に突入した。スパルタは瞬く間にアルゴス湾西岸地帯とキュテラ島の占領に成功した。アルゴスもこれに対抗して主力軍を出したが、双方三百人ずつ兵士を出して決着を付けようと話し合いがまとまり、三百人の戦いが行なわれ、スパルタ人一人、アルゴス人二人が生き残り日暮となって戦いは終わった。双方、生き残りがいたので勝利を主張して譲らず、結局軍隊同士の激突となった。しかし、百年前とはわけが違う。スパルタはホモホモパワー全開で戦い、アルゴス軍を打ち破ってしまう。アルゴスはスパルタに奪われた土地を取り戻し、復習を成し遂げるまで全員頭を丸めて修業すると誓い合った(9)
 前494年にスパルタは再びアルゴスへの進攻を開始した。坊主になって修業を積んだアルゴス人は時来たりとは喜ばなかった。なぜなら、神託で「君等の負け」と言われていたからである。そこで、アルゴスは猿真似作戦をとることにした。スパルタ軍と同じ行動をとり、彼らの行動に対処するとした作戦である。ところが、スパルタ軍を率いていたクレオメネス王はこの作戦を見破り、全軍に食事の合図が出たら直ちに出陣せよと命じた。アルゴス軍はこの作戦にまんまと引っ掛かり、食事中を襲われて敗走し、アルゴス市近郊の聖なる森の中へ逃げ込んだ。不案内な森の中で対戦するのは不利と考えたクレオメネスは森に火をかけてアルゴス兵を焼き殺してしまう。後年、クレオメネスが精神に異常を来した時、アルゴスの聖なる森の祟りがとりだたされたという(10)スパルタ軍は勝った余勢でアルゴス市へと攻め込むと女達がアルゴスの城壁を防備していた。楽に勝てると思ったかスパルタ軍は直ちにアルゴス市を攻撃したが、アルゴスの女達は強かった。スパルタ軍は再三に渡り攻撃を続行したが、一部が市内に突入できた以外は完全に失敗、市内に突入した部隊もたちどころに追い出される始末であった(11)ホモホモパワーもおっかちゃんパワーには形無しだった。そうなると、彼女達の装備はほうきで、映画「史上最大の作戦」で岩壁を前にして「ここを守るにゃ、ほうきを持った婆さん三人で十分だ」と呟いた一兵士の言葉通りの事が起こっていたのだろうか。
 それにしてもさすがに、女にからきし弱いと評判のヘラクレスの子孫達である。アルゴス、スパルタ、メッセニアの三国は「ヘラクレイダイの帰還」と呼ばれる事件で建国されたといわれている。ヘラクレイダイとはヘラクレスの子供達という意味で、三国はヘラクレスの子孫を自称していた(12)

ズーム
「西洋絵画の主題物語 美術出版 1997年」129頁より

シャルル=アントワーヌ・コワペル作
「ヘラクレスとオンファレ」 1731年
ミュンヘン、古代絵画館所蔵
解説:リュディアの女王様オンファレの奴隷として仕えるヘラクレス。この絵では、混紡を持つオンファレ女王の監視の元でヘラクレスは糸紡ぎをしている。

ズーム
「西洋絵画の主題物語 美術出版 1997年」128頁より

アニーバレ・カラッチ作「ヘラクレスとイオレ」
1597−1604年頃
ローマ、パラッツォ・ファルネッソ所蔵
解説:混紡を持って睨みを利かすオイカリア王の娘、イオレ姫様にタンバリンを敲いて気を引くヘラクレス。イオレ姫様も足を絡ませ、手を肩に回してその気になっている。

 スパルタ人が女性に弱いわけは他にもあった。スパルタでは男は兵士として、女は母として男女区別なく、体を鍛える事とされていた。前五世紀のアテナイの喜劇作家アリストパネスはスパルタ女性を「体中の筋肉がぷりぷりしていて、牡牛だって絞め殺せる」と評している程である。祭りの時は男女入り交じって裸で踊ったり、歌ったりして互いに批判したり冗談を言い合ったりもしていた。その際、女達の間で男達の品評会など行なわれたりし、ここで高い評価を得た男は鼻高々だったという。このような逸話も伝えられている。ある外国の女がスパルタの才女の代表格、レオニダス王の妻ゴルゴに「あなたたちラコニア女だけが男を支配していますね。」というと、ゴルゴは「私たちだけが男を生むからです」と答えたそうである。

ズーム
http://www.ocaiw.comより

エドガー・ドガ
 「運動中のスパルタの若者」
1860から62年 油絵
  ロンドン、ナショナルギャラリー所蔵

 結婚についても、スパルタでは不倫が奨励されていたので結婚後も女性は自由に相手を決めたようである。これについても逸話がある。ある外人がスパルタ人に「姦通者はいかに罰せられるか」と聞くと、「私たちのところでは一人も姦通者はいませんよ」とスパルタ人が答えると、外人は「いたら」と更に聞き返すので「タユゲトス山の向こうからウエロタス川の水を飲める牛をあげますよ」と答えると、外人は「そんな牛がいるわけがない」と言うので、「スパルタに姦通者がいるわけがない」と答えたそうである。これは、不倫を罪としていなかったスパルタが他国のように不倫を姦通罪として取り締まる必要がなかったことを表す逸話だとして知られている。極端な言い方をするとそのような概念すらなかったのかもしれない(13)同様の理由で哲学者アリストテレスはスパルタを女に支配された国といって非難している(14)スパルタは他のギリシア諸国に比べて女性に高い地位を与えており、スパルタの男は女に頭が上がらなかったようである。
 そのようなわけでスパルタは、女には弱いが男にはメチャクチャ強いホモホモパワーで宿敵ノーマル大国アルゴスを降し、ギリシアの覇権を握ったのである。

注釈

  1. 清永昭次著 Chilonの改革 学習院大学文学部研究年報30 1984年」52頁と「ディオゲネス・ラエルティオス著 加来彰俊訳 ギリシア哲学者列伝 岩波書店 1984年」上巻65から69頁(Diogenes Laertius 1.68-73)。清永氏はこの論文でスパルタがリュクルゴス体制といわれる独特の態勢へ移行したのも、征服地の征服から同盟関係への取込へと外交政策を変更したのも、貴族制から民主制へ移行したのも全てキロンの功績に帰している。そこで、ここでも氏の説に従い全てをキロンに帰して話を進める。
  2. 清永昭次著 Chilonの改革 学習院大学文学部研究年報30 1984年」78から79頁。
  3. クセノフォン著 古山正人訳 クセノフォン「ラケダイモン人の国政」試訳 電気通信大学紀要二巻一号 1989年」206頁(Xenophon Lacedaemonians 2.13)、「プルタルコス著 村川堅太郎編 プルタルコス英雄伝 上巻 筑摩書房 1987年」内「清永昭次訳 リュクルゴス伝」78から79頁(Plutarch Lycurgus 17)、「アイリアノス著 松平千秋/中務哲郎訳 ギリシア奇談集 岩波書店 1989年」109から111頁(Aelian Historycal Miscellany 3.10 , 3.12)
  4. ヘロトドス著 松平千秋訳 歴史 岩波書店 1972年」上巻56から57頁。(Herodotus 1.69)
  5. ロンの時代にスパルタが僭主嫌いを標榜して、対僭主戦を企画した原因についてはいまだによくわからず様々な説が出ている。「清永昭次著 Chilonの改革 学習院大学文学部研究年報30 1984年」56頁。「新村祐一郎著 紀元前六世紀後半期スパルタの対外政策 大谷大学年報34 1981年」9から10頁。スパルタの僭主嫌いは下記の通り論拠が多数あり、スパルタの反僭主政策が現実のものであったことは確実視されている。「アリストテレス著 山本光雄訳 政治学 岩波書店 1961年」267頁(Aristotle Politics 1312b)、「トゥーキュディデース著 久保正彰訳 戦史 岩波書店 1966年」上巻70頁(Thoukydides 1.18)、「Plutarch著 Lionel Pearson訳 loeb No.426:Moralia11 Harvard刊 1965年」36から41頁(Plutarch Moralia 859b-d)、「F.Jacoby編 Die Fragmenta der Griechischen Historiker 2a Weidmansche Buchandlung刊 1926年」504頁(105.Papyrus-Fragment aus Der Griechischen Geschichte F1:Rylands Papyrus18)。
  6. Plutarch著 Lionel Pearson訳 loeb No.426:Moralia11 Harvard刊 1965年」36から41頁(Plutarch Moralia 859b-d)、「F.Jacoby編 Die Fragmenta der Griechischen Historiker 2a Weidmansche Buchandlung刊 1926年」504頁(105.Papyrus-Fragment aus Der Griechischen Geschichte F1:Rylands Papyrus18)。「ヘロトドス著 松平千秋 訳 歴史 岩波書店 1972年」上巻307から319頁(Herodotus 3.39-56)。これ らの史料を総合するとこの他にコリントスのキュプセリダイがあるのだが、彼はキロン着任以前の前583年頃の人物なのでスパルタにより攻撃されたとは考えられていない。「フォレスト著 丹藤浩二訳 スパルタ史 渓水社 1990年」116頁、「新村祐一郎著 紀元前六世紀後半期スパルタの対外政策 大谷大学年報34 1981年」24頁、「清永昭次著 Chilonの改革 学習院大学文学部研究年報30 1984年」56頁。
     年代については、サモスは「新村祐一郎著 紀元前六世紀後半期スパルタの対外政策 大谷大学年報34 1981年」21頁、ナクソスは同23頁、ヒッピアスは「フォレスト著 丹藤浩二訳 スパルタ史 渓水社 1990年」117頁。
  7. フォレスト著 丹藤浩二訳 スパルタ史 渓水社 1990年」117頁、「中井義明著 紀元前550年代におけるスパルタの対外政策の転換について 同志社大学 文化史学31号 1975年」22頁。
  8. 新村祐一郎著 紀元前六世紀後半期スパルタの対外政策 大谷大学年報34 1981年」21頁。
  9. ヘロトドス著 松平千秋訳 歴史 岩波書店 1972年」上巻66から68頁(Herodotus 1.82)。
  10. ヘロトドス著 松平千秋訳 歴史 岩波書店 1972年」中巻241から246頁(Herodotus 6.75-84)。
  11. プルタルコス著 柳沼重剛訳 愛をめぐる対話 岩波書店 1986年」153と154頁(Plutarch Moralia 245c-f)。但し、この記述を信じる研究者を私は見たことがない 。むしろ、「ヘロトドス著 松平千秋訳 歴史 岩波書店 1972年」中巻245頁(Herodotus 6.82)のクレオメネスの独断による撤退命令があったために、アルゴス市を占領しなかったとする話を通常は採用する。ここでは、プルタルコスの話の方が面白いのでこちらを採用する。
  12. アポロドーロス著 高津春繁訳 ギリシア神話 岩波書店 1953年」113から116頁(Apollodorus 2.8)。
  13. プルタルコス著 村川堅太郎編 プルタルコス英雄伝 上巻 筑摩書房 1987年」内「清永昭次訳 リュクルゴス伝」72から76頁(Plutarch Lycurgus 14-15)、「クセノフォン著 古山正人訳 クセノフォン「ラケダイモン人の国政」試訳 電気通信大学紀要二巻一号 1989年」203頁(Xenophon Lacedaemonians 1.3-7)。アリストパネス の皮肉は「呉茂一編 ギリシア喜劇全集第二巻 人文書院 1961年」内「高津春繁訳 女の平和」24と25頁(Aristophanes peace 70-80)
  14. アリストテレス著 山本光雄訳 政治学 岩波書店 1961年」102頁(Aristotle Politics 1269b)

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