狂える鳩に永久の騒音あれ鳩の遠吠え

史料遊び
ローマ編(ぁひゃ子、例のにゃあにゃあ)
目次
  1. キケロ
  2. ファビウス・マクシムス
  3. ポンペイウス
  4. ナビス
  5. ハドリアヌス
  6. トラヤヌス
  7. ネルウァ
  8. マルクス・アウレリウス
  9. アントニヌス・ピウス
  10. ティベリウス・センプロニウス・グラッグス
  11. ハンニバル
  12. スキピオ・アフリカヌス
  13. シチリアの反乱
  14. スラ
キケロ
ぁひゃ子
  _ _ __  『キケロ』
  〈>´  ` くノ  キケロが始めて官職について政治にたずさわった時、
  |..i.iノノ人)〉  友人たちはキケロがこの名を避けて変えた方がよいと考えていた。
  | トゝ゚∀゚イl   これにたいしてキケロは若さに任せて言い張った。
  ノ⊂ Ahya⊃ 「わたしはこのキケロという名前を、
 ((//O つ   スカウルス家やカトゥルス家の名前よりもっと有名にしてみせるぞ。」
          プルタルコス『キケロ伝』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
キケロが演説の中で極端に自分のことを吹聴するのは、評判を気にするあまり自制心を失っている証拠で、
それが「武器は平服の前に、凱旋者の月桂冠は弁舌の前にその座を譲るべし」
という叫びにもなっている。
そして逐には自分のした仕事や行動ばかりでなく、自分が話したり書いたりした演説をほめ讃えるのだった。
プルタルコス「キケロとデモステネスとの比較」
プルタルコス英雄伝下巻,筑摩書房,1987,p.340


ぁひゃ子
  _ _ __
  〈>´  ` くノ  執政官職を得ようとして2度までも敗れたルキウス・カティリナが
  | i iノノ人)〉  法務官レントゥルス、ケテグスその他の多くの者達と謀って、執政官と元老院議員を殺害し、
  | トゝ゚∀゚イl   首都に火を放って、国家を転覆させようとし、エトルリアにも軍勢を集結させた。
  ノ ノ / 卯| ノ  この陰謀はマルクス・トゥッリウス・キケロの活躍により暴かれた。
 ((//OUUつ  カティリナは首都から放逐され、陰謀に加わった残りの者達は処刑された。
         リウィウス『ローマ史概要』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
歴史においてすべてが真実に帰し、文学作品においてはたいていのことが楽しみに帰するからだ。
もっとも、歴史の父といわれるヘロトドスにしても、テオポンポスにしても、無数の作り話でうずめられている。
キケロ「法律について」
キケロ エピクテトス マルクス・アウレリウス 世界の名著14,中央公論社,1980,p.127


ぁひゃ子
      _ _ __
     〈>´  ` くノ キケロは歴史をふさわしい言葉で語ることができた、
  〃∩| i iノノ人)〉 あるいは語るはずの唯一の人だったのである。
  ⊂⌒| トゝ゚∀゚イl
    `ヽノノつ ⊂ノl  コルネリウス・ネポス『ラテン歴史家伝』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
各自、自分の敵を殺し、親戚を救う権利を主張した。
しかしとどのつまりは、
彼らが憎んでいる人々に対する憤りのために親戚に対する配慮と友人に対する善意を放棄し、
カエサルはアントニウスにキケロを、
またアントニウスはカエサルに母方の叔父になるルキウス・カエサルを引き渡し、
レピドゥスにはまたその兄弟のパウルスを殺すことが認められた

プルタルコス「アントニウス伝」
プルタルコス英雄伝下巻,筑摩書房,1987,p.366


ぁひゃ子
|__ __  まる二日間、水も飲めないほどひぼしのままでいる、それで体もだるく、
| ` く/  飢えつかれているものだから、あなたに助けの義務を果たすどころか、
|ノ人)〉  あなたからそれを戴きたいところ。元来病気といえば何によらずわたしはそれを恐れているが、
|゚∀゚イl   あなたの信奉するエピクロスがこれについて言ったことで、
⊂)ノ||   ストア派の人たちが誤って怒りを含んでいるこの種類の病気も、わたしには怖い。
|/_|〉ノ   
|'ノ     キケロ『マルクス・ファディウス・ガルルス宛の書簡』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
カエサルを終身の独裁官に任命した。ところがその単独支配たるや、責任免除に加えて、
任期無制限の特権をも伴っていたので、これはどうみても独裁制に他ならなかった。
この第一等の栄誉を彼に与えるべく元老院に提案したのはキケロである

プルタルコス「カエサル伝」
プルタルコス英雄伝下巻,筑摩書房,1987,p.250


ぁひゃ子
   _ _ __  ブルートゥスよ、もし目下の作戦が順調に行われているのならば、
   〈>´  ` くノ  共和政をよりいっそう改善することがあなたの務めであることを、
 ∩ | i iノノ人)〉  反対に、もし何かの障害があるのならば、
  ))| トゝ゚∀゚イl  共和政をあなたの手で回復しなければならぬことを、
 ((ノ⊂)ahyaつ  認識するように心がけてください。
  (( (く/」」〉ノ
   ` し'し'    キケロ『ブルートゥス宛の書簡』
カエサル暗殺事件後、東方へ逃れたブルートゥスに宛ててローマの状況を伝えた手紙。


ぁひゃ子
   _ _ __  スパルタでは、実際のところ、
   〈>´  ` くノ  祭壇で少年が鞭打たれていた。彼らの肉体からは多量の血が流れ出ていた。
 ∩ | i iノノ人)〉  私がここにいた時に私は聞き入っていた。
  ))| トゝ゚∀゚イl  彼らが死に行くのを。彼らは叫び声はおろかうめき声一つあげなかった。
 ((ノ とayhaつ
  ((  ○,,」」〉ノ  キケロ『トゥスクルム荘対談集』
   `  (_/
ファビウス・マクシムス
ぁひゃ子
   _ _ __  ファビウスが「もっとも偉大な(マキシム)」という添え名で呼ばれたのに対し、
   〈>´  ` くノ  スキピオは「偉大な(マグヌス)」としか呼ばれなかった。ファビウスの評判に嫉妬したスキピオは、
 ∩ | i iノノ人)〉  「陣を守っただけの者がマキシムスと添え名され、真っ向からハンニバルに決戦を挑み、
  ))| トゝ゚∀゚ノ^)  彼を破ったこの私がマグヌスと呼ばれるのはなぜであろう」と訊ねた。
 ((ノ⊂ahyaソ   するとファビウスが、「しかし私が君のために兵を守っていなかったなら、
  ((,く/」」う     君は軍勢を率いて戦い、勝利することはできなかったであろう」と答えた。
    ` し'      ポリュアイノス『戦術書』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
オウィクラという名は子羊の意味で、まだ子供だった頃、性格が穏和で重々しかったところから附けられた。
静かで黙りがちで子供の遊びに非常に用心して加わり、物を習うのに遅くて骨が折れ、友達に対して優しく、
外の人々には何となく愚鈍ではないかという疑いを起こさせた。
ただ少数の人々だけは、その奥底に子供の本性に具わる動かし難い気位の高い獅子のようなところを看取った。

プルタルコス「ファビウス・マクシムス伝」
プルタルコス英雄伝3巻,岩波書店,1953,pp.57-58


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
ポセイドニオスはファビウスが盾、マルケルスが剣と呼ばれたと伝えている。
ハンニバル自身は、ファビウスを先生として恐れ、マルケルスを敵手として恐れるのは、
一方のために害を加えることを妨げられ、一方のために害を受けるからだと伝った。

プルタルコス「マルケルス伝」
プルタルコス英雄伝4巻,岩波書店,1953,p.153


ぁひゃ子
    _ _ __  ファビウス・マクシムスは大規模な戦いに勝利したハンニバルと戦った時、
   〈>´  ` くノ  いかなる危険も犯すことなく、イタリアの防御に専念すると、決意した。
  ∩ | i iノノ人)〉  この方針によりクンクタトール(慎重なる者)と呼ばれるようになり、
  ))| トゝ゚∀゚イl  完璧な将軍との評判を得た。
  (( と))ayhaつ
   ヽく_/:lうつ   フロンティヌス『戦略論』


ぁひゃ子
   _ _ __   ファビウス・マクシムスはキャンプから離れて略奪に出かけた敵の小グループを
  〈>´  ` くノ∩ 捕虜にしたり、殺害する方法を考案した。
  〈(人ヽゝi | ((  この戦術には二つの狙いがあった。一つは敵の限りある兵数を減らすこと、
   lゝ゚∀゚ イ | )) 第二は小さな成功により、初期の敗戦で打ち砕かれた部隊の士気を立て直すことにあった。
  ⊂ahyaつ ゝノ
   とく|L_ゝノ    ポリュビオス『歴史』
      し'


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
この年(紀元前203年)にファビウス・マクシムスが死んだ。
彼は非常に高齢で、幾人かの著述家の記述が事実なら、彼は62年間、祭司の職にあった。
以下のことは明白である。彼がマクシムスの名に値すること、彼の直系もそれを受ける価値があること。
彼は父よりも多く、祖父と同じくらいの職務に就いている。
彼の祖父ルリアヌスは大きな戦いでより多くの勝利をおさめているが、
ハンニバルは一人で、それらの敵全てをまとめたくらいの重要性と価値があった。
ファビウスは慎重な兵士として非難されたが、素早く活動することはなかった。
しかし、一つ疑問がある。彼の「慎重さ」は本性からなのか、彼が戦った戦役に適合するのが慎重な戦術だったのか、
少なくても、エンニウスの詩に書かれていたことは確かである。
「一人の男の慎重さにより国家が救われた。」

リウィウス「ローマ史」
livy the war with hannibal,london,1965,p.650


ぁひゃ子
    _ _ __
   〈>´  ` くノ  スキピオは任地としてアフリカを希望したが、
  ∩ | i iノノ人)〉 クィントゥス・ファビウス・マクシムスの反対にあい、シキリアを委ねられた。
  ))| トゝ゚∀゚イl  しかし、国益にかなうとスキピオが判断した場合には
  ((  (つ旦O   アフリカに渡ることも認められた。
   ヽく_/ 」」 〉
   | ̄(/(/|   リウィウス『ローマ史概要』


ぁひゃ子
    _ _ __  ローマの独裁官クィントゥス・ファビウス・マクシムスが、
   〈>´  ` くノ ファレルヌス地方で行く手に立ちはだかった。
  ∩ | i iノノ人)〉 ハンニバルは、隘路に道を閉ざされたものの、知謀に長けた将軍ファビウスをまんまと欺き、
  ))| トゝ゚∀゚イl  夜間のうちに一兵も失わずに脱出に成功した。すなわち、夜のとばりがおりると、
  (( l_〈 つと)   牛の角に薪を結わえ火を付けたうえ、同じ仕かけを施した数多くの牛をあちこちに放ったが、
  ヽくjノし ヘ_)  この光景を突然目にしたローマ軍は恐怖に襲われ、だれひとり堡塁から外に出ようとしなかった。
           コルネリウス・ネポス『英雄伝』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
 年を取った市民たちの中では、最も名声があり最大の権力を持っていたファビウス・マクシムスに傾倒して、
特にその性格と生活を最も立派な模範とした。

プルタルコス「マルクス・カトー伝」
プルタルコス英雄伝5巻,岩波書店,1954,p.52
ポンペイウス
ぁひゃ子
    _ _ __  翌日、元老院は出席が多く、前執政官たちも欠席がなかった。
   〈>´  ` くノ  ポンペイウスの要請に反対するものはなく、
  ∩ | i iノノ人)〉  彼はこの度の任務の副官として十五人を要求して、
  ))| トゝ゚∀゚イl  その第一にわたしの名を挙げ、万事に関してわたしを第二の自分と考えると述べた。
  ((ノと)ahya)つ
  ヽ く/」」フつ   キケロ『アッティクス宛の書簡』
      し'


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
事実この若妻が夫を愛したことは評判が高く、
年齢の開きが大きいにもかかわらず彼女は夫を慕ってやまなかった。
それは、一つにはポンペイウスが品行方正で、妻以外の女を近付けなかったからであり、
また一つには、彼の具える威厳がどぎつさを含まず、人に接して暖かいものを有し、
遊女フローラの証言に偽りがなければ、とくに女性を惹きつける何ものかを持っていたからである。

プルタルコス「ポンペイウス伝」
プルタルコス英雄伝下巻,筑摩書房,1987,pp.133-134


ぁひゃ子
   _ _ __  カエサルはアリストンの、ポンペイウスはクラティッポスの門を叩くことを譜面目とは考えなかった。
   〈>´  ` くノ  二人ともに権勢の地位にあったけれども、
 ∩ | i iノノ人)〉 自分に多大な益を与えてくれる人物を軽んずることはなかったからである。
  ))| ト∩゚∀゚∩ あれほどの身分でありながら、二人の学者に示教を乞うたのは、
 ((ノノ .|l)卯l| ノ 単に統治することではなく、
  (( (く/」」〉ノ  善政を敷くことを志したからであったのであろう。
   ` し'し'
     l | l   アイリアノス『ギリシア奇談集』
    (;:......)


ぁひゃ子
   _ _ __ うひゃ〜       グナエウス・ポンペイウスがアフリカで決起した
   〈>´  ` くノ             公告処分を受けたグナエウス・ドミティウスとヌミディア王のヒエルタに勝利し、
 ∩ | i iノノ人)〉ノヽノヽ           彼らを葬り去った。かれは、このアフリカでの戦功により、24歳の若さで、
  ))| トゝ゚∀゚イl(゚∀゚* )  あひゃ〜   しかもローマ騎士として、いままで誰も経験したことのない凱旋式を挙行した。
 ((ノ とahyalつと、 つノ        . 
  (( 彡/」」〉   ヽ _)⊃.        リウィウス『ローマ史概要』
      ヽ)    (ノ


ぁひゃ子
  _ _ __.. 司令官グナエウス・ポンペイウス・マグヌスは30年間の戦いを終えて、
  〈>´  ` くノ  1,218万3,000人の人間を敗走させ、蹴散らし、降伏を受け入れた。
  | i iノノ人)〉  846隻の船を沈めまたは捕獲した。1,538の都市、要塞の降伏を受け入れ、
  | トゝ゚∀゚イl  アゾフ海岸から紅海までの国々を征服し、いままさに誓った捧げものをミネルウァに奉る。
  ノ ノ / 卯| ノ  
 ((//OUUつ   プリニウス『博物誌』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
ポンペイウスとの婚姻関係と彼の厚意を維持するために、
カエサルは自分の姉の孫娘オクタウィアを、ガイウス・マルケルスに嫁いでいたのに、ポンペイウスに妻として譲り、
自分にはポンペイウスの娘を、すでにファウストゥス・スラに予定されていたのに、妻として懇願した。

スエトニウス「カエサル伝」
スエトニウス,ローマ皇帝伝上巻,岩波書店,1986,p.35


ぁひゃ子
    : _ _ __ : ポンペイウスは、彼らから丁重に挨拶され、幾らか面識のあったセプティミウスに案内され、
    : 〈>´  ` くノ : 少数の部下と共にみすぼらしい小舟に乗り込む。
  : ∩.:| i iノノ人)〉 : その中で彼は、アキッラスとセプティミウスの手で命を絶たれる。
  .: ))|l∩T∀T∩ : 同じく、ルキウス・レントゥルスも、王に逮捕され、監禁されたまま殺された。
  .: ((ノ ヽahya)ノ :
   : (( (く/」」〉ノ :.  カエサル『内乱記』
    : ` し'し' :


ぁひゃ子
     _ __ __カタ              罪深いアレクサンドリアよ、欺瞞に最も適した土地よ
     《> ´  ` く,/ カタ_____ ___   また度々我が軍の不幸によって血塗られたメンピスよ、
     ! ,ノ ノ) ))〉  | | \   .\ |  |   ポンペイウスから三度の凱旋を奪い去った砂よ。
      | トゝ゚∀゚イl  __| |   | ̄ ̄| |. :|  いつの日もこの汚点をローマよ、汝から拭い去らないだろう。
     n .f つi!つ / | | / ̄ ̄/ |. =|  むしろ君(ポンペイウス)の葬列はプレグラの野を歩いた方が良かった、
    ((ノ  .|二二二」二二二二二二二二」 あるいは君の首を岳父に差し出すことになった方が。
    ┌─ヽつつ   |. |         |. |
    └┰ ┘   / |      / |    プロペルティウス『クレオパトラ』
      ┸    [___」     [___」


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
キケロはポンペイウスに援けを求めた。
当時ポンペイウスはわざとローマを遠く離れてアルバヌスの別荘で日を送っていたので、
キケロはまず聟のピーソをこの願いのために遣わした後で、今度は自分で出向いた。
しかしポンペイウスはこれを聞いて彼の前に現れようとしなかった。
なぜなら、自分のために数々の大きな闘いの場に立ち、
またいろいろな政治的計らいもしてくれたクローディウスに対する激しい畏敬の念が彼をとらえたからである。
そしてまた一方ではカエサルの聟として今その頼みを受けたので、キケロに対する昔の恩義を裏切り、
別の戸口からこっそりと抜け出し会うのを避けて出て行ってしまったのである。

プルタルコス「キケロ伝」
プルタルコス英雄伝下巻,筑摩書房,1987,pp.313-314


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
兵力からいうと、ポンペイウスの方がカエサルより優勢であった。
それなのに、ポンペイウス自身の考えどおりにやらせようというものは一人としていなかった。
いや、むしろポンペイウスも、すでに戦争がはじまって戦雲が到る処を蔽っていると信じさせるような、
さまざまの誤った報道や恐怖心のために、圧倒された気持ちになり、
全般的なときの流れに押し流されてしまった。

プルタルコス「カエサル伝」
プルタルコス英雄伝下巻,筑摩書房,1987,p.220
ナビス
ぁひゃ子
腐女子                     若いのに白髪だらけ
            ねぐせ → /~ヽ   白髪染めで染めた茶髪
                ↓, -┘´` ヽ 、↓
      ノーメーク → //         ヽ
              / /   lヽ ヽ ヽ   l  ←安物の眼鏡
          丸顔 →l  /l !i.l ヽ、lヽ ヽ   l// 安い故に顔のサイズに
                  |  |  ,-,、  ,-,、 l  >  あっていない
    愛想が悪い    ヽ ヽ⊂⊃-⊂⊃ /ヽ ミ
     自然とへの字口→ヽ .lヽ  ヘ  /ヽノノ ←後ろで束ねて
                 ヽヽ!`ヽ - ´l      ピンで留めただけの髪
                    _)  ヽ/ ´` 、
  部屋ではタンクトップに   / //   / |    l ←たふたふの二の腕
  パンツ一丁      → { / ヽ_ ノ  ヽ   l__
  もちろんノーブラ      /      ヽ .l   |   |ヽ 近所のサティで買った
  ______       /   ::  、,  } |   l   .| l 3枚980円の
  ヽ       ヽ      ヽ、  ..::...   ノ l_,.  |   .| l タンクトップ
   ヽ       ヽ        l      , '´   ノ   | / セール品なので
    ヽ       ヽ  , - 、/ }_,.... - ´  ,、 '´┬.-┘ 地味な色しか残っていない
     ヽ       ヽ(ノノ (ソミ_  ,. - ´   ヽ .|←──┘
      ヽ_____ヽ__ ノ ` ´   _,.... -ヲ |
─ ───┴────┴──┐ ヽ ̄ ̄ / ̄´ ヽ ← 3枚980円のパンツ

ティトゥス・クインティウス・フラミヌスがラケダイモン人とかれらの僣主ナビスとの戦いを勝利のうちに終結させ、
かれ自身が望んだ平和を彼らに与え、この僣主の支配下におかれていたアルゴス人を解放した。

リウィウス『ローマ史概要』


ぁひゃ子
擬人化しぃ     ミヾ\ , -‐/`>ヘ,_,ノl´
           | `ヽ\/ ,.イ/ /\丿
           | ´`) /  A./ A、 `ヾ`
           ',   | ,.イト、l/f^y{〉〉丿
              彡  ソjKh_j`  k'ノi(´ミ (´`
              爻彳;ヘ~* r‐‐ァ''ノリフ(⌒) `;
             /,/lノiyfYYマー=ィノ〉>、 ´`;⌒;
           / { ⌒ニニゝ、 `Y   / 〉
            〈(フ∧,/ ̄  >ー i  〈/ヘ
          / 〈l∨   /~ゝ、,仆、_」V´ 〉
           ( (( V   {` ー-/jト-イハ〈
         从/    |  ∧》!     〉
             〈ノ    |  /  》ゝ、__,ノ
             |    {ーヘ、_,《_; }
             |    jリ  ___}}ィ=zヘ,ヘ=ァ、
             リノノハノイ ̄∠二フ⌒ヽ」┘ヾ〉
             〈 / /\_厂  、 } ,  !〉
           , ヘ._/iヽ  〉 У   ノ--‐' !
         // /!  〉 V_,/`'ー-‐'7   |
.           У 〈 | ,ヘ._」i7    ,/   |
          `ヽ、,N_/\ノ/    / l   |
                 /     /  l     !
                 /    ./   l   U
                   /    ./   .}≧‐ !、
               〈l   ≦{   ,/ ̄ヾロ{f
               l!, ロ='ヽ/´ `ヽ  /
                   ヽ    `)、__,/
                   \,__,ノ
その後、ティトゥスはナビスに対する戦争を終結したが、ナビスはアイトリアの人々の手で暗殺された。
それでスパルタが混乱したので、フィロポイメンはこの機会を掴んで軍勢と共に攻め寄せ、
市民のあるものは嫌がったが他の者を納得させてスパルタの町をアカイア同盟に参加するようにさせた。
プルタルコス『フィロポイメン伝』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
          /:::::::::::::::::::丶
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.       /:/l::/ |:,、::::::::::::::::::::l
       /:/ -、  l:l l:ハ:::::::::::::::::|
.      /:::l `r、` リ i! 卅!ヾ:::::::l
      l/l:l  `¨    、=-` ゝ:l
       |::、   、   `´ ,..-´::l_
     , 'i.i"l:ト:.、 ヽフ  ,.イ:::;-、:::::゙`ミ、.
   , "  l |. リ ヽ -ー ´  |:::l. ,夂:ミミミ 
  l    l |         l::::l //  ヾl `ヽ 
  |.    | |        |:::::|/      `、
  l    〉l        l/l/l        l
.  {    / ヽ.   ,   ./  l_  ヽ.    .l
   ヽ  /   ` - =.i - ´     ̄`゙l     |
    ヽ.{         ahyako  ト、    l
     `ヽ            ,.. .l ヽ   |
        }` -     - = ≡三 l  〉   l
       {、      - 、 _  |  /   /
        〉`、         ̄` ヽ/   ./
        }  ` 、        ,.ヽ  ./
         /    `    , -一´ ヽ/
       l               ヽ
陸と海の多くの場所での戦いがあらゆる方向からナビスを飲み込み、
自軍と敵軍を現実的に評価する限りでは、勝利の希望が全くないにも関わらず、
彼は戦いを避けるなかった。
彼はクレタから選抜兵千名を派遣し、傭兵三千名と、自国兵一万名を
拠点となっている幾つかの居住地に沿って配置した。

リウィウス「ローマ史」 livy the dawn of the roman empire,oxford,2000,p.165


ぁひゃ子
       _ _ __          ラケダイモンは、クレオメネスの支配から逃れた後、
       〈>´  ` くノ          マカダスが反乱を起こして僣主となり、
 _____.|..i.iノノ人)〉 ∧,,∧ __   これが死ぬとナビスが僣主として出てきた。
 \   \::| トゝ゚∀゚イl. :(゚∀゚* )\  \ この僣主は、人びとの財産を強奪するだけでなく、
    ̄| ̄| ̄∪ ̄∪ ̄∪ ̄∪ |  ̄ ̄ 神々の財宝まで奪い去った。そのため、日ならずして財政が豊かになり、
     |  |      . あひゃ子 |    これを基にして遠征隊を集めた。
    \.|_________|    そして、メッセネを攻略したが、ピロポイメンの率いるメガロポリス勢が、
                      その日の夜の間に到着し、僣主は休戦条約を結んで引揚げた。
                       パウサニアス『ギリシア記』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
ナビス、このスパルタの僣主、リュクルゴス王の末っ子はペロプスの死で即位したとき、まだ少年だった。
この危険なやり方のせいで、彼が成年に達した時、
高貴な血筋により大胆になったナビスは、数日で国の自由を回復不能にした。
ナビスは個人的に最も教養あるラケダイモン人たちに死を与え、
彼の体制を守るために金のためなら何でもするような獣の如き連中をあらゆる方面から集めた。
その結果として神殿荒し、泥棒、海賊や死の宣告を受けた者共があらゆる方面からスパルタへ流れ込んだ。
それ故に、不信心な行いでナビスは僣主になり、前記のような者達にだけ支持され、守られた。
ナビス、スパルタの僣主は、国を堕落させて自身の地位を高めるとした信念に基づき、
市民を処罰する様々な方法を考え出した。

ディオドロス・シケリオテス「歴史図書館」
loeb classical library no.409 diodorus siculus ,harvard,1957,p.203


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
ティトゥスは最も残忍で最も不法なスパルタの独裁者ナビスに対する極めて立派な極めて正しい戦争を始めたが、
結局はギリシャ全土の期待を裏切って、折角捕虜にするところまで行きながら手を下そうとせず、
これと講和を結んでスパルタを不当な奴隷状態のままに放置した

プルタルコス「ティトゥス・フラミニウス伝」
プルタルコス英雄伝5巻,岩波書店,1954,p.138


ぁひゃ子
              _ _ __
     __  ) ___ 〈>´  ` くノ
___\>' ´ノ))く/__|..i.iノノ人)〉_∧,,∧ __
\   \::ノノ从゚∀)ノ::::| トゝ゚∀゚イl. :(゚∀゚* )\  \
   ̄| ̄| ̄∪ ̄∪ ̄ ̄∪ ̄∪ ̄∪ ̄∪ |  ̄ ̄
    |  |  ニャアニャア. あひゃ子 ○○○. |
   \.|______________|
マケドニア王朝がローマによって廃された後には、ローマが派遣した将軍たちと小ぜり合いを起こした。
僣主(ナビス)の支配を受け悪政に苦しんだ間の出来ごとだった。
しかし、人びとは自主性を取戻して非常に高い評価を受け、自由民の身分を維持し、
ローマに対しても好意から出た公的な奉仕以外には何らの貢納義務も課せられてなかった。
ストラボン『地誌』


ぁひゃ子
     _ _ __.  フィロポイメンの最も輝かしい功績は、
    〈>´  ` くノ  ナビスがメッセニアを占領して
 〃∩| i iノノ人)〉  アカイアの将軍が臆病風に吹かれて支援に行こうとしなかった時に、
 ⊂⌒| トゝ゚∀゚イl   民会の許可無く最も熱狂的な愛国者と共に出陣して市を奪還したことだった。
  `ヽノノつ ⊂ノl.   プルタルコス『モラリア』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
その間、ギリシアではフラミニヌスが若干の市国と同盟を結んで僣主ナビスを二度連続の戦闘で制圧し、
厳しい講和条項を課して無力になるまで挫いたが、彼の権限はそのままにして去った。
しかし、ギリシアの自由が回復されて諸都市から守備隊が引き上げられ、ローマの軍隊がイタリアへ戻された時、
彼は再び、持ち主のいなくなった所領に惹かれ、多くの市国に突然戦争を仕掛けて侵入した。
これらのことに驚いてアカイア人は、近隣の災禍が自分の所に忍び寄らないように、ナビスに対する戦争を決議し、
将軍に彼らのプラェトルのピロポイメンを据えた。
彼の卓越した勇気がその戦争で輝き出たので、皆の考えでは、ローマの司令官フラミニヌスに比較されるほどだった。

ポンペイウス・トログス「ピリッポス史」
地中海世界史,京都大学学術出版会,1998,p.357


ぁひゃ子
  _ _ __
  〈>´  ` くノ 「ほぼ間違いなく、わたしはあなたを説得できないだろうが、わたしのアペガなら説得できるだろう。」
  | i iノノ人)〉 −これはナビスの妻の名である。
  | トゝ゚∀゚イl  
  ノ ノ /ahyaノ  ポリュビオス『歴史』
 ((//OUUつ
ハドリアヌス
例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
この必要条件により私は有能な識者達の調査をし、大カトーにより書かれた戦争システムや、
コルネリウス・ケルスス、フロンティヌスによるまとめ、
この本の中に公表してあるパテルヌスの熱狂的な戦争法の最高峰、
アウグストスやトラヤヌス、ハドリアヌスの慣習による布告を、
この小作の中にかなり正確に記録した。

次に、一ヶ月の間、歩兵と騎兵の機動力を三倍にする古代のやり方は両方共に生き残り、
神君アウグストスとハドリアヌスの法により制定された。
ウェゲティウス「戦術書」
vegetius: epitome of military science,liverpool,pp.9,25


ぁひゃ子
 +         +     +
 g ̄Wヽ   _ _ __ / ̄ミ メリッサでアルキビアデスの記念碑を見たな。
 ゝ,. :;;:;;o\. 〈>´  ` くノ/;:;;;; 人  万事にすぐれた君主であるハドリアヌスの命により、毎年牝牛が犠牲に供えられる。
 人 ◎;::;;::; y| i iノノ人)〉 \◎:,. ハドリアヌスはさらに、パロスの大理石で作ったアルキビアデス像を、
   ヾ ::;;;;ヾ  | トゝ゚∀゚イl y.,.ノ   この記念碑に置くことまでした。
   " "r ''., ノと)ahya)つ   +
  +   ノ ,.:;;,.  く/」」|〉:::::ヽ     アテナイオス『食卓の賢人たち』
   c ;:;;::;::   し'ノヽ ;;;;:. l
     g ':;' 人     人"'g
  +    u   +    u''


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
属州民がキリスト教徒に対して告発を明らかに確信しうるならば、
法官席の前にて答えができうるならば、
彼らはこれのみに向かうべきであろう。
要求や単なる叫びに向かってはならない。
もし何人とかが告発をなさんと浴するなら、汝がこれを調べ判決をすることは、極めて正当である。
もし何人かが告発をなし、被告が法に反したことを行っていることを示すなら、
汝は罪の軽重に応じ決定せよ。
何人かが偽の告発の故にこれを提出せんとするなら、汝は厳しく見分け、いかに処罰するかにつき考えよ。
エウセビオス 「教会史:ハドリアヌスからアジア総督への手紙」
西洋史料集成,平凡社,1956,p.163


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
ハドリアヌスはしばしば後継者として相応しい他の人物のことを考えていたので、
もしたまたまアエリウスがより長く生きていたならば、彼は皇帝家より除かれていたかもしれない。
事実、ハドリアヌスの生涯をより詳細に書き記した者たちによって、次のようにも言われている。
ハドリアヌスは、アエリウス・ウェルスのホロスコープを星占いによって熟知しており、
彼が国家を統治するにはあまり適切でないことを知りながら、
自分自身の欲望を満足させるためだけに養子にしたのだ、と。
また、それはハドリアヌスとアエリウス・ウェルスとの間になされたといわれている
秘密の条件に基づいた誓約に従ったのだと言う者もいる。
たしかに、マリウス・マクシムスは、ハドリアヌスが占星術に優れていて、すべての日々の、
そしてまさに死ぬその時刻に到るまで、自分の将来に起こることを事前に書き留めていた、
とはっきり言っている。

アエリウス・スパルティアヌス「アエリウスの生涯」
ローマ皇帝群像1,京都大学学術出版会,2004,pp.91-92


ぁひゃ子
       .__
        |: |
      _|:_|_
   (二|.アヒャコ |二O
      ̄|~| ̄ワタシノ オハカ♥
    _._.|:_| ._ ワタシノ オハカ♥
,,_,_,__〈>´  ` くノ∩_
   〈(人ヽゝi | ((;;;;/ 病気になったハドリアヌスによって死刑を宣告された者達をアントニヌスが助けたこと。
 ;   lゝ゚∀゚ イ | ))/ またハドリアヌスの死後、すべての人々の激しい反対を押し切ってこの亡き皇帝に対して
 "" ⊂ahy⊂ ゝノ;/ 数多くの破格の栄誉を決議させたこと。
    /;: :: :; ;;;;;;;;;;;/ さらには、ハドリアヌスが自殺したいと思った時に、
   /;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;/ それを実行せぬように十分に監視をし注意を払ったこと。
     ̄ ̄ ̄ ̄    ユリウス・カピトリヌス『アントニウス・ピウス伝』


ぁひゃ子
     _ _ __ エ !? ワタシ ユウレイ !?
     〈>´  ` くノ
     |..i.iノノ人)〉  アンティノウスは皇帝のお気に入りで、ナイル川に落ちたか、
     | トゝ゚∀゚イl  ハドリアヌスが書いている通り、生贄にされたかして、エジプトで死んだ。
    ノ⊂ Ahyaつ ハドリアヌスについて、私が述べたように、
    /' ̄"  ,.ノ   彼はあらゆる種類の占いや呪術に大きな関心を持ち、長い時間を費やしていた。
   ( ,-〜〜'     だから、皇帝はアンティノウスへの愛故に、或いは若人の自殺に対して、敬意を表し、
    iノ         この宿命に苦しめられたその場所に都市を建設して彼の名を与えた。

ディオ・カッシウス『歴史』


ぁひゃ子
     /  |::::ヽ       /:::::::l  `゙l
     |   l::::::::ヽ-= =-/::::::::::l   /
     l  /:::::::::::ヽ____/::::::::/ヽ_ノ
     ヽノ./~ヾ/    ``- <´ `-ノ
      ,ノ  /      ヽ  ヽ  ヽ
      l     ) )  / ) .)    )
      レ',   l ノ)ノ!),ノ -ノ.)、)ノノノ| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
      `ヽl_/く,イ `l   l.  ヽ./l  |  たまには。.  |
       |>ゝl ゝ-´   ゝ-´/ソノ.. | 大きいのも。  |
       ゝ-,.、  \__/ /))  . | by あひゃ子 .|
         ヽ) 、  (.リ  ,.'l)) ウヒャ.!|_______|
       , '´ ̄ l-l> -<l-─-- 、       | |
      /     |_,...-l-l、..,_l     ` 、     | | マルコスがビザンティオンを代表して
     l                  l    ._,| | 使節としてやって来たとき、
     |    l            ,、 l   l  / ニ⊃ハドリアヌス帝も彼を誉め讃えた。
     l    l/\     /::l\l   l ./ヽ、_{ミ)それは、これまでの皇帝の中でハドリアヌス帝が最も、
     |    l:l:::::::::\ l /:::::::::l::::}   l/ヽ。/| | 徳性を滋養とすることに関心を寄せていたからである。
     |    |:l:::::::::::::`l´;;;;;;;;;::::}::ノ. /  /   l_j
     l    l::ヽ'''''':::::::|::::::::::::/:::|    /      ピロストラトス『マルコス伝』
     ヽ   ヽ::}::::::::::::::l:::::::::::}:::人    /
      \    l::::::::::::::::l:::::::::::∨  ヽ.ノ
.       l\/\、::::::::::|::::::::::/    l
       /'Y  /| \:::::l:::::/     |
       | く。/  \ .\/      |
       l   |  l ト'゙  |       l
      rハ  ヽl | |ノ   l       .l
      /7:|ヘ  ``´    .|       l
      //´l::∧       l       /::.
     ~ ::\∧      人      /::::

例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
あなたの祖父ハドリアヌスは言ったものだ。
「皇帝の運命とは哀れなものだ。誰かが帝権を狙う陰謀を企んだといっても、
皇帝である自分が殺されるまでは信じてもらえないのだから」と。

ウルカキウス・ガリカヌス「アウィディウス・カッシウスの生涯」
ローマ皇帝群像1,京都大学学術出版会,2004,p.229


ぁひゃ子
    _ _ __  ここに、「自由護持のゼウス」とハドリアヌス帝の象も立つ。
   〈>´  ` くノ  帝は、自分が統治した諸地方のなかでも、アテナイに対しては、
  ∩ | i iノノ人)〉  格別の好意を示した。
  ))| トゝ゚∀゚イl
  ((ノと)ahya)つ   パウサニアス『ギリシア記』
  ヽ く/」」フつ
      し'


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
15歳の時に、故郷の町に戻り、直ちに軍務に就いた。しかし、非難を受けるほどに狩猟に熱中したために、
トラヤヌスに故郷から呼び出され、彼によって、その実の息子のごとくに処遇された。
まもなく、ハドリアヌスは訴訟裁定のための十人委員の一人に選任され、
その後、第2アデュトリクス軍団の高級将校に任じられた。
さらに、この任務の後、ドミティアヌスの治世がすでに終わりに近づいた頃には、
下部モエシアでの勤務に異動させられた。

アエリウス・スパルティアヌス「ハドリアヌスの生涯」
ローマ皇帝群像1,京都大学学術出版会,2004,p.6
トラヤヌス
ぁひゃ子
   _ _ __  第144オリンピヤードの少し前、ローマは諸族を征服して統治し、
   〈>´  ` くノ  和平を監視するために、毎年イベリアへブラエトルを送ることを始めた。
 ∩ | i iノノ人)〉  彼は平和を樹立するのに必要な小部隊を残し、
  ))| トゝ゚∀゚イl  後にローマ皇帝になるトラヤヌスやハドリアヌスの出身部族の町イタリカ、
 ((ノ⊂ahyaつ   後にイタリーと名付けた町に病気や負傷した兵士を定住させた。
  (( (く/」」〉ノ
   ` し'し'    アッピアノス『ローマの歴史』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
トラヤヌス帝がパルティアの、海からは何十日も歩かなければならぬほど奥地に赴いた折、
アピキウスは生牡蠣を、工夫を凝らして包装して彼らのもとへ送らせた。おかげでトラヤヌスは、
やはり海から遠くにいながらアンチョビーを所望したピテュニアのニコメデス王のような目に遭わずにすんだのである。
アテナイオス「食卓の賢人たち」
アテナイオス,食卓の賢人たち1巻,京都大学学術出版会,1997,p.26


ぁひゃ子
敬虔の口をもて            |  , - = ─ = - 、   /:::::::/;;|
なんじらに祈るは、         |/          \/::::::::/  |:|
あげてこの皇帝トラヤヌスを   |              ̄\/    l::|
守りたまえ、             |               \    l::|
皇帝の徳をもて元老院が続き、.|.     ∧  /ヽ::...  .: \,,,//
かのお人も             |  ...::::/./ :/   ヽ::::.  :: l\|/
おのが徳もて続かむことを!!  |: ::::/ヽ// ´ ̄¨ |::: :: ::. |/
                     |::/厂ヽ    厂ヽ l::: :::::::: l
マルティアリス『エピグラマンタ』.!|:::l ゞ;;ソ     廴ソ |::::::::|ヽ|
______________| l ⊂⊃丶_/ ⊂⊃ l::::::/ |
      || |           \::\\   ヽ/    /|/ /|
      || |            `ヾ;\_ヘ-=──=∠;;;人//
      || |         r-く ̄ ̄  ̄`゙ = === =" リ/─-、
     /~二l⌒lヽ.-──=\:ヽ    ______ /      \
    ( _| .|::::l       |::l  // II  ─  2 ヽ\     /ヽ
    ( _)ノ:::::|     __ノ::|  〈 |─┐|_   フ  |.  〉  //\
     ヽ_ノ:::::::/-──  ̄  ̄  ̄/ l│  |_ヤ ̄丁 ̄l ./\//   ヽ
      || |~ ̄          / ヽ_______ノ-|   ̄)     )
      || |           /  \          ヽ /     /
      || |           ヽ-=ニニ二二ニニ==/\ヽ..  /
      || |             /             (_/ )|:::|/
      || |              /             (_/ ):/
      || |           /\           / (_ノ',
      || |            /   \        /     ',


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
 本当に多くの人々が、トラヤヌスはマケドニアのアレクサンドロスの例に倣って、
確たる後継者をあげずに世を去ることを決意していたと言っている。
 一方で、次のように主張している人々も多い。すなわち、トラヤヌスは元老院へ勅書を送って、
万一自分に何かあったら、元老院がローマ国家に対して元首を与えるようにと希望していた。
 その際には、元老院がその中から最良の者を選べるようにと、幾人かの名を付け加えていた。

アエリウス・スパルティアヌス「ハドリアヌスの生涯」
ローマ皇帝群像1,京都大学学術出版会,2004,pp.15-16


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
汝に告発されたクリスト教徒たちの裁判遂行において、汝はせねばならなかったことをおこなった。
確かに、あたかも一定のはっきりした型を持つ如き一般的なものは定められえない。
彼らは探索させられるべきではない。
もし彼らが告発され、罪のあることが明らかにされるなら、彼らは処罰されるべきである。
告発された一群が、みずからクリスト教徒であることを否定し、このことをみずから明らかにする──
これはわれわれの神々を拝することである──場合を除いて。
以前に疑いをかけられていたといえども、悔悟すれば彼らは寛容を得るであろう。
署名なしで提出された書状は、断罪の証拠として取り上げてはならない。
なんとなれば、匿名告発は悪い例であり、われわれの時代のものでもないから。

トラヤヌス帝から小プリニウスへの書簡
西洋史料集成,平凡社,1956,p.162-163


ぁひゃ子
 +         +     +
 g ̄Wヽ   _ _ __ / ̄ミ   ローマの皇帝トラヤヌスは、
 ゝ,. :;;:;;o\. 〈>´  ` くノ/;:;;;; 人    皇帝たちが戦争からの凱旋行進をするときに乗る
 人 ◎;::;;::; y| i iノノ人)〉 \◎:,.    黄金の戦車にディオンを同乗させ、
   ヾ ::;;;;ヾ  | トゝ゚∀゚イl y.,.ノ  +   彼の方を振り向いてよくこう言っていた、
   " "r ''., ノと)ahya)つ   +    「おまえが何を言っているのか私にはわからぬが、
  +   ノ ,.:;;,.  く/」」|〉:::::ヽ       私は、私自身を愛しているのと同じように、
   c ;:;;::;::   し'ノヽ ;;;;:. l       おまえを愛している」。
     g ':;' 人     人"'g
  +    u   +    u''       ピロストラトス『ディオン伝』


ぁひゃ子
     _ _ __
    〈>´  ` くノ  コモドゥスの父の一族には傑出した政務官がいる。
 〃∩| i iノノ人)〉  皇妃となった彼の母ファウスティナはアントニウス・ピウスの娘で、
 ⊂⌒| トゝ゚∀゚イl   ハドリアヌスの母方の孫娘で、曾祖父のトラヤヌスに繋がっている。
  `ヽノノつ ⊂ノl  ヘロディアヌス『歴史』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
ギリシア全体でトラヤヌス像を奉納した。帝はトラキアの向こうに住むゲタイ族を平定し、
アルサケスの子孫オスロエス率いるパルティア族と戦った。
また、帝の事業のうち、建築関係で一番名高いのは、
帝の名を添えた浴場や完全に円形の大劇場と、長さ二スタディオンに及ぶ戦車競走用の建物である。
また、ローマのフォルムもそのひとつである。これはほかの飾りも見ごとだが、ブロンズで葺いた屋根が、
とりわけ見ごとである。

パウサニアス「ギリシア記」
ギリシア記,龍渓書舎,1991,p.339


ぁひゃ子
   _ _ __    トラヤヌスは正義感が強く、勇敢で真っ直ぐな性格をしている。
  〈>´  ` くノ∩  即位した時には42才で強靱な肉体を持ち、
  〈(人ヽゝi | ((  あらゆる計画に対して同じように労力を注いでいた。
   lゝ゚∀゚ イ | ))  精神力も高く、若者の無謀さも、老人の鈍重さも持ち合わせていなかった。
  ⊂ahyaつ ゝノ   。。。。。
   とく|L_ゝノ     トラヤヌスは発作の影響で体が麻痺し、あらゆる能力が衰えていた。
      し'       キリキアのセリヌス、我々がトライアノポリスと呼ぶ町で突然死去した。9年と6ヶ月、15日間統治した。
            ディオ・カッシウス『歴史』


ぁひゃ子
        ||      ネルウァ・トラヤヌス(トラヤヌス帝)は、現代の福祉を日に日に増大させている。
    _ _||__ __  そして、人々は国家の安寧を、希望し祈願する気持ちになったばかりか、
   〈>´  ` くノ   その祈りが成就するという強い確信を抱くに至ったのである。
    |..i.iノノ人)〉
    | トゝ゚∀゚イl    タキトゥス『アグリコラ』
    ミ≡≡≡j
    ミ≡≡≡j
     し'ノ
ネルウァ
例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
今日、ようやっと、生きる勇気がたち戻ってきている。ネルウァ・カエサルは、至福の世紀の夜明けとともに、
すぐさま、これまで長い間、両立しがたい存在であった二つのもの、元首の政体と自由の政体を、融和させた。

タキトゥス「アグリコラ」
タキトゥス,筑摩書房,1960,p.322


ぁひゃ子
       ||   ネロは護衛隊の集会を命じて、各兵に二千セスティルティウスの賜金を配った。
       ||   さらに、それまで市価で各兵に売り渡していた小麦を無償で給付した。
      ∩∩  ついで彼は、まるで戦争の結果を報告するような調子で、元老院を招集する。
     ミ≡≡≡j  元執政官ペトロニウス・トゥルピリアヌスと
     ミ≡≡≡j  予定執政官コッケユス・ネルウァと護衛隊長ティゲッリヌスに、
逝った | イノ。A。yl  凱旋将軍顕章を与える。
     |.!!ヘヽヽ/)〉
     〈> 、  , く)  タキトゥス『年代記』
       ̄  ̄  ̄


ぁひゃ子
   _ _ __ ネルウァは親族を国家の安全より尊重するようなことはしない。
   〈>´  ` くノ トラヤヌスがイタリア出身者ではなく、
 ∩ | i iノノ人)〉 スペイン出身者だからといって、養子にするのを躊躇することはなかった。
  ))| トゝ゚∀゚イl. .スペインは以前からローマ支配下にあるので外国人にはならない。
 ((ノ⊂、ヽ)ノ)ソ ネルウァは出身地より人物の能力に着目していた。
  (( (\_/    ネルウァは1年と4ヶ月9日間統治した。
    ` し`J    その前には65年と10ヶ月と10日間の人生を刻んでいた。

           ディオ・カッシウス『歴史』


ぁひゃ子
  _ __ __             カエサル・ネルウァさま、かつてヌマ王にあったほどの、
  〈> ´  ` くノ   ____       正義と公正に対する畏敬の念がおん身にはおありです。
  | ,ノ ノ) ))〉   |辞書||__      。。。。。
  | トゝ| \_/|  _二|Loeb|      おん身を将とせばブルートゥスも喜ぶでしょうし、政敵の血に染まったスラも、
  n f つ辞.||.O |タキトゥス|¨.       主権を措かむとするにあたって、おん身ならば譲でありましょう。
 ((く/」」|二二二」二二二二二」   そしてお偉いクラッススもまた、あらゆる富をおん身に贈るでありましょう。
 ┌─ヽつつ   |. |      |. |    もしもカトーその人も冥界の地下なる闇から返されて来るものならば、
 └┰ ┘   / |   / |    カエサル・ネルウァの党となるでありましょう。
   ┸    [___」  [___」    マルティアリス『エピグラマタ』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
言い尽くせぬほどたくさんの財宝をアッティコスに出してみせたのである。
だが、その量があまりに莫大なので、アッティコスは有頂天になるより先に慎重になり、
ネルウァ帝に宛てて次のような書状をしたためた、
「皇帝陛下、私は自分の持ち家で財宝を見つけました。陛下はその財宝についてどうせよとお命じになりますか」。
すると、ネルウァ帝は、「おまえが見つけたものだ、おまえが使うがよい」と答えた。
しかし、アッティコスが用心に用心を重ねて、宝物の量は自分には不相応ですと手紙に書くと、
ネルウァ帝は「幸運の授かりものだ、思うままに使い果たすがよかろう。それはおまえ自身の運なのだから」と答えた。
このようなことがあって、アッティコスは裕福になった

ピロストラトス「ヘロデス伝」
哲学者・ソフィスト列伝1,京都大学学術出版会,2001,p.109


ぁひゃ子
    _ __ __   皇帝から親任される職務には、
    《> ´  ` く,/   格別の心遣いを要することは当然であるが、
\\ |..i.iノノ人)〉.   さらに私は生来、責任感が強く、忠実な性格で、
     | トゝ゚∀゚イ∩  これまでも仕事を任されると、
    ⊂Ahyaつ.)) . ただ一途に精励、献身してしまうのが常であった。
    _く∧ノ〉ソ   このたび、私はネルウァ帝から水道長官の職に任命されて、
    \(ノ〈ノ、    この感がますます強い。
      \  \
       \_/  フロンティヌス『水道論』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
トラヤヌスがネルウァに養子とされた時、ハドリアヌスは軍隊を祝賀するために派遣され、
上部ゲルマニアへ移った。
ネルウァが死んだ時、この地からその知らせをトラヤヌスのもとへ第一番に届けるため、
ハドリアヌスは急ごうとしたが、姉の夫であるセルウィアヌスによって長くひきとめられてしまった。
乗り物を故意に壊されて遅れてしまったハドリアヌスであったが、徒歩で急ぎ、
結局セルウィアヌスの発した使者の兵士よりも先にトラヤヌスのもとに到着した。

アエリウス・スパルティアヌス「ハドリアヌスの生涯」
ローマ皇帝群像1,京都大学学術出版会,2004,pp.6-7


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
主よ、あなたの尊父・神君ネルウァは、立派な演説と気高い手本とで、
すべての市民に気前の良い施しを奨励されていましたので、私はこう要請しました。
ローマから遠く離れた私の地所に、何代にもわたって相続された、歴代元首の像を、
私が受け継ぎ、元の状態で大切に保管していますが、これらにネルウァ帝の像も加え、
ティフェルヌム・ティベリヌムの市に移管することを許してくださいと。
ネルウァ帝は惜しみなき賛辞とともに、私のこの願いを許されました。
私は直ちにその市の議会当局に宛て、私の負担で神殿を建てたいので、
敷地を用意してくれと書きました。
彼らはその申請に敬意を表し、敷地の選定を一任しました。

プリニウス書簡集,講談社,1999,pp.390-391
小プリニウスのトラヤヌス宛て書簡


ぁひゃ子
この発言は忽ちとりあげられ、後でおおぜいの間で評判となりました。
実際、神君ネルウァは私の所に非常に感銘深い手紙を送って寄越し、
「昔に見られたと同じ模範が、今の世代にも示された」と言って、
私ばかりでなく、今の時代を祝ってくれたのです。

『小プリニウスのタキトゥス宛て書簡』
               _______
   _ __ __     |             |
   《> ´  ` く,/   | ヒント: Pauly  |
 ∩ ! ,ノ ノ) ))〉 /' |             |
  ))| トゝ゚∀゚イl / ....|             |
 (( ( )^Ahya^( )    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  [ ̄「 ̄ ̄ ̄ ̄]
  || ̄||√ソノ〉 ̄||
  ||  ||(ノ〈ノ.  ||


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
昨日、元老院で元首ネルウァの提案により、ウェストリキウス・スプリンナに、凱旋将軍像が決議されました。
戦線に一度も立ったことのない、陣営生活の体験もない、従って見世物の中でしかラッパの音を聴いたことのない、
多くの将軍と違って、彼はこの栄誉を汗と血と功績で手に入れた英雄の一人です。

プリニウス書簡集,講談社,1999,p.70
小プリニウスのマクリヌス宛て書簡
マルクス・アウレリウス
ぁひゃ子
   _ _ __     私は、きょうも、お節介な人間や忘恩の徒に、
   〈>´  ` くノ     傲慢な人間や欺瞞的な人間に、
 ∩ | i iノノ人)〉     中傷家や非社交的な人間に出会うであろう。
  ))| トゝ゚∀゚イl      これらの悪徳は、善意にたいする彼らの無知から生じたものである。
 ((ノ|l つhyaつ=|二フ
  (( (く/」」〉ノ       マルクス・アウレリウス『手記』
   ` し'し'


ぁひゃ子
                        _ _ _
                           (>´   ` く〉
                        〈(人ヽゝ i | うひゃー
                             lト゚∀゚ノil リ'n
                          ⊂(ahyaト ,)ノノ
                   _____.jニニニニi
                ,..-.´--------r-''"゙、 ̄ノ゙'''-、
 (0)三)ニニニニニニニ)二二)_(    (   ╋   アヒャ ヽ
            __ヽo____ヽ..,______...゙.ニ=--、
           / ○  ⊥    /_  ─≡≡≡≡≡二) r'
       ,'´ ̄フ         '´ , '´,、二二二二二二二二,j
       .|.二.|゙、 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|.二.| T゙_l".Y".Y".Y".Y".Y'~Y
       ゙、三゙、          ゙、三゙、゚.フ() () () () () ():|
        ゙、三゙、 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ゙̄、三゙、.、,,人_人_人_人_人+ノ
        ''' ̄ ̄'' ''' ''' ''' '' ' ''' '' ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄~''' '' ' '''
マルクス・アントニヌスは、生涯を通じて哲学に没頭した人物であり、
その一生の清浄さという点で、すべての皇帝たちに優っていた。

ユリウス・カピトリヌス『マルクス・アウレリウス伝』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
マルクス・アントニヌスと結ばれた娘ファウスティナの結婚式を、
アントニヌス・ピウスは兵士に賜金を配るほどにたいへん盛大に執り行った。

ユリウス・カピトリヌス「アントニヌス・ピウスの生涯」
ローマ皇帝群像1,京都大学学術出版会,2004,pp.124-125


ぁひゃ子
.   _ _ __
「゙ 〈>´  ` くノ
| ̄|| i iノノ人)〉  ハドリアヌスは重病に陥ったため、
|_||lトゝ゚∀゚イl   のちにピウスと呼ばれるアリウス・アントニヌスを養子とした。
 || |у つと )  そして、彼にはアントニウス・ウェルスとマルクス・アントニヌスの二人を
 | ̄ ̄ ̄ ̄ノ  養子にするように条件をつけた。
 ゝ    _/    この二人が、のちに初めて二皇帝制を実現して共同統治をするのである。
      (
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  アエリウス・スパルティアヌス『ハドリアヌス伝』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
ゲルマン人との戦争が勃発すると、二人の皇帝はいっしょに前戦へ出発した。
というのも、マルクスはウェルスのみを前戦に送り出すことも、
その放蕩ゆえに彼一人を首都に残しておくことも、ともに欲しなかったからである。

ユリウス・カピトリヌス「ウェルスの生涯」
ローマ皇帝群像1,京都大学学術出版会,2004,p.220


ぁひゃ子
              o。_。_lコ     |l≡≡≡|ミ|__。≠_〇o
 。+ +。。。。。 |l|FFFFFFF|。 。 .。 +|l≡≡≡|ミ|EEEEEEEEEEE|lll| .。+
  * o  o.   |l|FFFFFFF|     |l/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     。。oo  |l|FFFFFFF|.* o.  |l| 徐々に本が読めなくなっている自分がいる。。。。
   /| ̄ ̄ ̄l ::|FFFFFFF|_ _ __\ 学生の頃と違って気力が続かない。。。
   |ミ|:」」:」」:」| ::|FFFFFF 〈>´  ` くノ |/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   |ミ|:」」:」」:」| 〇 FF.。   | i iノノ人)〉|l≡o + +! + 。 〇   +
   lミl.」」.」〇 ++ +.  | トゝ゚∀゚イlo  〇 。 o  +   〇 。 +
  __〇___。_゚__ノノつ ⊂ノl____o______〇__o___。
  二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二Il二
ユリアヌスはしばしばこのような言い回しを使った。
『誰かわたしにアラマンニとフランクの風聞を聞かせよ』と。
これは皇帝マルクス・アウレリウスの言葉を意識して真似たものだった。
アンミアヌス・マルケリヌス『歴史』

ゲルマニア人の多くがライン川を越えてイタリアへ向かって前進し、
ローマに多くの損害を与えた。
彼らはマルクス・アウレリウスの攻撃で追い返された。
この時、ゲルマニア人に対した士官にポンペイアヌスと(後の皇帝)ペルティナクスがいた。
ディオ・カッシウス『歴史』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
多くの人たちが「粘土製のプラトン」と渾名していたアレクサンドロスであるが、
・・・・・
アレクサンドロスはマルクス帝に呼び寄せられてパンノニア族の地域に出向いたことがある。
皇帝はそこで軍の指揮をとっており、
アレクサンドロスをギリシア人たちに書簡を送る秘書に任命したのである。

ピロストラトス「アレクサンドロス伝」
哲学者・ソフィスト列伝1,京都大学学術出版会,2001,p.143


ぁひゃ子
              _,. - ー ー - 、 ,
            , -´  ´_`_` ヽ 、._ 、 `ヽ、
    ┌- 、 _ ./ /, -  //\   \_,__`- ー ' ´´l
     l     " 7´./ / ´ヽ   ヽ    ヽ      l
     l     /  /  l  lヽ .`、   ヽ   ヽ     l
     l     /  /  l  l .ヽ lヽ  .ヽ   ゙、  /l /
.    ヽ .l.ヽ l    l   .l  l  l .l l    lヽ   l_/ /./
     ヽヽヽl   l l  . l  l  l l l .lヽ l ヽ   l / /`、
      .ヽ ヽl ll  l l`l lヽ .l .l/ ヽl l.l.  l  . l ./ ,、l
       lヽ-l.l l.l ll `、l ヽl      リ  l. . l/ , .l
       l/ヽl lヽ_l,._ _ >     < _,- .,_l   l /l/
         ヽiヽ/   ` 、 ヽ┬┬'  /   `、/ l/
  ,- ,_  _,.,___   {     }`-、|__| ,-"{     } 歳聞くなんてセクハラダ !!
  `-.,_',' - - 、`、 .`- .,_,.-´       `l- - .´ イジメラレタ〜
         .`-` 二 / - 、.,_    _,.-l
             /     ゙ ~ ""  ヽ
            /            ヽ
          _./            _ ,.ゝ.,_
       ,. - ' " ` -、_      _,. - '"    ` ヽ,
       l     _ , . . >-ー' " ` - 、 _ _   /
       ヽ- ' "               ゙ ' ~
マルクス・アウレリウス帝はゲルマンという、
ヨーロッパ内の未開民のなかでも一番好戦的で人口も多い民と、
サウロマティアの民とが、戦いや悪行をはじめるとこれらに懲罰を加えた。

パウサニアス『ギリシア記』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
ここでマルクス・アントニヌスの演説から引用しよう。
「それゆえに、元老院議員諸君。勝利の祝いの言葉の代わりに、私の婿をコンスルにしていただきたい。
ポンペイアヌスのことを私は申しているのであり、国家が負った恩義を返さねばならない勇敢な人々が
コンスルとなり間に入っていなかったならば、彼は年齢からみて、
とうの昔にコンスル職就任の栄誉で報いられたであろう。」

「アウィディウス・カッシウスの生涯」
ローマ皇帝群像1,京都大学学術出版会,2004,p.248
アントニヌス・ピウス
ぁひゃ子
    _ _ __   ローマ人はアントニヌス帝を「ピウス(敬虔な人)」と呼んだが、
   〈>´  `くノ  それは明らかに帝がとりわけ神事を尊んだためである。
  ∩ |i iノノ人)〉  わたしの意見だが、帝は大キュロスが受けた称号をもらって、
  ))|トゝ゚∀゚イl   「世の人々の父」と呼ばれるのがよかったかも知れない。
  ((ノ( ahya)
   ヽ く/」」〉>    パウサニアス『ギリシア記』
      し'ヽ)


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
アントニヌスは背がすらりと高く、美男であった。
しかし、背の高さゆえに、老齢になると身体が曲がってきたので、
直立して歩けるようにと、胸のところで菩提樹の木の枝を身体にくくりつけていた。
加えて、老年になってからでも、朝の伺候をする者たちが彼のところへやって来る前に、
力強さを維持できるよう、乾いたパンを食べていた。
声はしわがれて、良く響いたが、快い感じではあった。
アントニヌスは、たしかに「ピウス(敬虔な人)」と呼ばれたのであるが、
それは彼が老齢のために弱くなった義父にいつも手を貸して支えていたからだといわれる。
しかし、別の人はその添え名の由来を、本当に荒れ狂うようになったハドリアヌスから、
多くの元老院議員を救ったからだといい、またハドリアヌスの死後に、
彼のために多くの栄誉を捧げたからだ、という人もいる。

アエリウス・スパルティアヌス「ハドリアヌスの生涯」
ローマ皇帝群像1,京都大学学術出版会,2004,p.76


ぁひゃ子
          /    /  . :   ヘ/!    \
         //   / . /: : ∠、ム|  .    ヽ
        / ィ   .  / :/|: |: :/   ノ: 人:     ハ
          i/ . : . | .|{‐ |=ヘ{‐'! ` =ナ左、 V:|:   .ハ
         / | :|: : |: :八 | o ヽ|  ´ o ∨/:   i |  アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャhy
        |:i: : . 、 |{ ヘ! .彡 ,  ミ、  /メ|  . ハ| ギリシア語、なにそれ?!
         ヽ|ヽ: : .`| .三´ _____ ̄彡'/ . ://リ  アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャhy
            > .\ |ニ. 二、,二.ヽ| /: //     英語、それ食べられるの?
              / : : ハ`` V: : : : :ン∠イ : : ヽ    アーヒャッヒャヒャヒャヒャヒャヒャ
          / . : :/ : \ \――/ /: :|: : : . :ヽ   日本語、それなんのエロゲ?
           /  . : : : :ィ: > ` ̄ イ: : 、 、、: : : : .ハ
           /  . :/i/ "´ |  ̄ | `^``゙^\:、 : . ハ
        i/ . :/    へ ノ   __ Vニ、   ヽi、:、: i
         ハ i:/  ∠.... iく__ 彡⌒ソ   > ‐ 、 ヽi、!
          V / ̄、 ̄\\  ∠ニ -‐_厂 ヽ.  `

アントニヌス・ピウスは全ての人に高貴で善人だと言われ、
キリスト教徒や異国の者を抑圧することはなかった。
それどころか、彼はキリスト教徒に対して大いなる尊敬の念を示し、
ハドリアヌスのキリスト教徒に対する慣習を続けることで尊敬もされた。
ディオ・カッシウス『歴史』


ぁひゃ子
     ,, - ―- 、
  ,. '" _,,. -…;   ヽ
  (i'"((´  __ 〈    }
  |__ r=_ニニ`ヽfハ  }
  ヾ|!   ┴’  }|トi  } うほっ&hearts;
    |! ,,_      {'  }
   「´r__ァ   ./ 彡ハ、
    ヽ ‐'  /   "'ヽ
     ヽ__,.. ' /     ヽ
     /⌒`  ̄ `    ヽ\_
    /           i ヽ \
   ,'              }  i  ヽ
    {             j   l    }
   i   ヽ    j   ノ   |   } l
   ト、    }   /  /   l  | .|
   ! ヽ      |  ノ    j  ' |
   { |     } |      l    |
   ヽ |     i  | \    l    /|
    { |     l   |     |   / |
    l !        |       l  / |
アントニヌスは地方総督としてアジアの全域を一手に支配していたが、
あるとき、ポレモンの家で旅装を解いた。それは、この家がスミュルナ中で最も良い家であり、
かつ最も優れた人物の家だったからである。
ところが、夜になってポレモンが旅行から戻り、戸口で大声を上げて、
「おかげで私は自分の家から締め出され、とんだ災難だ」と叫び、
そのためアントニヌスも他の家に宿替えせざるをえない破目になった。

ピロストラトス『ポレモン伝』


ぁひゃ子
          |\三三ニXxx:...、                  /::::::::::/:. |
          |  \::三三三三\   _,.)ノ__  /::::::::::/   /
          |   X三三三三ニヘ/三三ヽ. \::::::Y::::::::::::::/ __./
          |  ./ ̄\三三三三:\三三|  \::::::_:__ミ´:..  | ̄\
          |   / ̄\:三三三\\三|.    |:::::_::__:ミ:___|
        \/     ミ:ニ三三三三三/    |:::::::::::::::::::|  /\
        /\    ミ三三/7Tヽニ;'`     ´、/ヽ¨ヽヘ /  \
           \  |ニ三<  {:::0y丶     〈{::0t.}  〉レ'     \
            \ |:三三ヽ__ヽノ/   ▼ `ヽノ/ ::|  今日は何故かぬこ。
              ∨三ソ´              \::| _
              /´_ -ー        l      ̄)ゝ  ̄ ̄\
            / ̄´.__ .       `─´`─´    /┼-、      \
          / 彡/                 //  \     \
         /   /.  /                /\\   \
            /| \/ ` ` ─- _        /  /|: \   \
          / / /ヽ-<      ̄   /:.....|    \
            _/       ̄>─<_____/::..  ト、
          ///\___                   //:ヽ
        /////////////:\             /////∧
アントニヌス帝はアレクサンドロスにあまり関心を向けていないように思われた。
それで、アレクサンドロスは大声を上げて、
「私にご注意いただきたい、皇帝陛下」と言った。
すると、皇帝は、注意を喚起する仕方があまりに不躾だったので、彼に腹を立ててこう言った、
「おまえのことは注意して見ているし、よく知っている。そう、おまえという人間は、
髪の毛を入念に整え、歯をぴかぴかに光らせ、歯を磨き上げ、いつも香油をぷんぷんさせている男だ」。

ピロストラトス『アレクサンドロス伝』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
すべてにおいて、アントニヌスの弟子らしくあれ。
ロゴスに従う行動を可能にする精力、常駐座臥場所を選ばぬ平常心、敬虔、表情の明るさ、温和、
空しい名声からの超脱、真実把握の名誉を目指す競い心。
これらはみな彼の性である。
ものごとを前もって徹底的に観察し明確に考慮することなしに、
それを等閑にすることのけっしてなかった彼の態度。
また、おのれに不正な中傷を加える者に、中傷を返さずして耐えるさまはどうだ。
なにごとにも深追いせずに、人からの非難を取り合わず、人々の人柄と行動にたいし、
なんと厳密な探求者であったことか。

マルクス・アウレリウス「自省録」
世界の名著14,中央公論社,1980,p.471


ぁひゃ子
                       ┌─x、.
                   ┌==/<|/ハ
                 _x-////-─二)ハ
             ___//////////////Xx:L、
          _/ ////wvwwvwvvwvwvv/:ム
        / ./ ̄ハ////'' / .|      |  ∨ム
       /  /  ハ∨:ア  /   |     |   ∨ム
           |  ハ ∨  /   |         ∨:ム
            ハ    \          /   .∨:|
         r' ̄ハ        \    /     ∨二:ヽ
         / ∧|  二二▼ ̄     ̄▼二二  ∨ } |
        ヽ ∨|      ̄ ̄     ̄ ̄     レ ノ
          ─|                    | ̄ うむ、
            |                    |   なかなか進まないね。
           \      /\/\        /
          ////>┬- _______ ┬ '´
   ──==二三彡'" /:/:::|三三三三/::/∧
    ──==二彡" /::::::|::!!|三三三/::/  ∧
       //// /\ | .|三三ニ/ /  △▽△
        //〃// ̄ ̄.__| .|三三ニ| ./-''´-──∧
        | / /::::::-─二  ̄ /7ヘ/ ̄.         |
        | | .|::::::     / /7 /|.           |
ハドリアヌスはマルクスの伯母の夫であるアントニヌス・ピウスと養子縁組し、
ピウスはマルクスを養子とし、マルクスはルキウス・コンモドゥスを養子とするよう条件つけた。
ユリウス・カピトリヌス『マルクス・アントニヌス伝』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
後継者のために充分配慮していたハドリアヌスは、
ピウスを養子として、マルクスを養孫とすることを欲したが、その時に、
ウェルスはアントニヌス・ピウスに養子となるべく与えられた。
ウェルスはピウスの娘と結婚するよう条件づけられていたが、
彼女はのちマルクスの妻となった。
というのも、すでにマルクスの伝記の中で述べたように、
年齢の点でピウスの娘とウェルスは不釣り合いであったからである。

ユリウス・カピトリヌス「ウェルスの生涯」
ローマ皇帝群像1,京都大学学術出版会,2004,p.204


ぁひゃ子
             ││
          ─┼─                       /
          ○|  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 /
.             ノ                       //\ノ
                                 ゝ- 二 -、
                    ___      ,イ´⌒ヽZ二-─ ヽ
                   /::::::::ハ`ヽ、_/  ゙< ̄ )┐<二__ .ノ
                    /::::::::/::┤        `| | ヽ、,T彡_/
                     /::::::::/::::::ト、___,..ノl´| |
                 ム_::::::|:::::::|        | | . | わたしもAAにハマって
                      |  ̄ |¨'|       l | .| さぼってたから。。。
         __ lヽ、     |  .! !:        〉| .|
       ,._>/ヽ,ヽ-‐  ̄    | |.        | |  ヽ__
      ∠エ/__....LLl. - ──-‐´ ̄        ̄¨ー一´
若い頃にカッシウスは、ピウスからも帝権を奪取しようとしたことがあったが、
高潔で立派な人物たるその父親のおかげで、ピウスの将軍たちに常に疑われ続けたものの、
簒奪の野望を暴かれずに済んだ、といわれる。

ウルカキウス・ガリカヌス『アウィディウス・カッシウス伝』
ティベリウス・センプロニウス・グラッグス
ぁひゃ子
     _ _ __   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     〈>´  ` くノ < 鞭と磔と自由どれがいい?
   ∩ | i iノノ人)〉   \_____________
    )) lトゝ ゚∀゚イl
   (( <^(●Y●_>   /))     ムチー   ムチー   ムチー
   ヽ ) .〉】爻【ヽヽ,/ ((    \  / \  / \  /
.     (_ノl^~▼〕 じ   ))   ∧_∧  ∧_∧  ∧_∧
      / /|´ |     ((   (・∀・ ) (・∀・ ) (・∀・ )
     イ / | l       ))    と と  ) と と  )  と と  )
       し!  ヾ_)    ひ   (__(_⌒)(__(_⌒) (__(_⌒)
ティベリウス・グラッグスは宣言した。
志願した奴隷で勇気を示した者には自由が与えられるだろう。
そして臆病者は磔にされるだろう。
この宣言で、戦いに無関心であった四千名の者が、
過酷な扱いに対する恐怖ゆえに砦のある丘に集まってきた。
その後、グラッグスは部下を出発させて言った。
彼の指揮ですべての志願奴隷部隊が勝利に貢献できる、と。
そして奴隷部隊は敵を敗走させた。
グラッグスは期待に応えた奴隷達を解放した。

フロンティヌス『戦略論』


ぁひゃ子
今日の新作。とあるAA板住民さんの自画像。
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      ││    /   └'´      |つ::::::::::} :|     |       |
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  \. |/'   /    :|             /  :/         /
  , ┴┴-.、   |  ..::人  ヽ__,   ・・/  .//         /
_/ _ _ \ |  :/  .\         ̄ ̄ /        /
   { ┗l ┗} 丶ヽ/    `─-─┬一'     :|          /
   `二^二´  |       ,..-.-┬┬|┘     |ノ /  _/
  | ̄─-一フ ゙|     /   / ゙|        _/ ̄\/
  ` ─-─´   |   /    :|   |   / ̄   / ̄\
マゴはハンニバルにセンプロニウスの死体を送った。
兵士たちは死体を見てすぐに、死体をバラバラに切り刻み肉片をばらまけ、と要求した。
しかし、ハンニバルは物言わぬ遺体に怒りをぶつけることは良くないと言った。
ハンニバルは運の不確かなる証拠に直面し、同時にセンプロニウスの勇気に感動し、
死せる英雄を手厚く葬り、遺骨をローマのキャンプへ送った。
ディオドロス・シケリオテス『歴史』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
ハンニバルはこの出来事から数日後、
この独裁官と同等の命令権を委ねられた騎兵隊長マルクス・ミヌキウス・ルフスを
策略によって戦場におびき出し、これを敗走させた。
また二度にわたって執政官職を務めたティベリウス・センプロニウス・グラックスを
ルカニアで罠にはめ、みずから姿を現すことなく始末をつけた。
さらに五度目の執政官職を務めていたマルクス・クラウディウス・マルケッルスをウェヌシアにおいて
同じ手口を使って殺害した。

コルネリウス・ネポス「ハンニバル伝」
ネポス,英雄伝,国文社,1995,p.149


ぁひゃ子
          /ヽ ちょっと、加速してみようか&hearts;
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.      _人__人r-- ≧、 =―  ̄── 二_
      〔_K S K  `コ  二 ヽ二 ≡= 、  ―三=― ̄
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─‐二/     ̄三 二    ─ 二  \
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  ――‐二三 _三二.=/__ ̄ノ      `'―― 、
              /       <       ―二
            /  ――‐二   \ ―=≡  r--
          ∠__/         ――二   二―=
             ∠――三 ≡―  =≡―= 二=― ─-
                                ―=二― ̄─
                                    ―=≡―‐
ローマの前執政官のティベリウスは待ち伏せに会い、
果敢に抵抗したがすべての随行者と供に討ち死にした。
この事件については被害者を非難すべきかいなかはっきりしない。
多くの者には分別ある警戒心がある。
なのに、非道なやり方を受けるとは、考えもせずに敵の餌食になった。

ポリュビオス『歴史』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
ハンニバルはエルドニア近郊でローマの将軍フラックス(グラッグス)を待ち伏せ、
彼と側近達の殺害を果たしたが、
その際、フラックスをおびき出すために、以下に述べるような策を用いた。
ハンニバルはひとりのエルドニア人を裏切り者に仕立て、フラックスの許に脱走させた。
男は、「町の主だったひとびとはカルタゴ人の傲慢な態度にもはや耐えられず、
みんながあなたの入城を切望している」と訴え、
エルドニアに来てくれるようフラックスを説得したのである。

ポリュアイノス「戦術書」
ポリュアイノス,戦術書,国文社,1999,p.309


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
グラッグスは奴隷の軍を与えられた。
全ての部下に彼の命令と訓練が行き渡り、一度の戦闘で身分の低いことは忘れ去れた。
友人のために塔を守り、敵に恐怖を与えた。
奴隷の軍はハンニバルからクマエ、ベネベントゥム、その他多くの町を奪い取り、ローマへ復帰させた。

リウィウス「歴史」
livy,the war with hannibal,london,1965,p.357


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!::::::::::::::|::::::::::::::::::::|:::::::|:::::|::|:::::::::ヽ三ニ/
|::::::::::::::|:| ::::::::::::::::| :::|:ト::::|::|:::::::::::::\┤ アヒャヒャ
|:::::::l::::::|:ト::|::::|::::::::ト、!|:| ヽ|!|::::::::::::::::::}.| ヒャヒャヒャ
|:::|!!|!!:::|:| !|::::ト、!::!| Yヽ| |!|::::|:::::::::::::|.| ヒャヒャヒャ
|:::|:::ト、::|:| 、::|'l ヽ!゙| .|:|'ノ ヽ::::|:::::::::::::|.| ヒャヒャヒャ
||ヘ!!|''゙川 リ.| ∨  リ-= ̄V|:::::::::::::|.| 手持ち史料が、
ト、 ! N ̄`ヽ     _─=━リ^!::::::::|.| 溢れかえって
| ゝ━= ̄////    ̄¨~~ ! |!!::::::|.| 手に負えない。
ゝ ~ ̄   ///////      :|!!::::::|=\    ┌/
::ヽ      //  ""    し ./|:::::リ三ニヽ /
:::::ヘ       /ヽ , ノ      / .|:::人三三三|
:::::::ハ    _二 __, ─  / :ノ|/::::ヽ三ニ:ノ三}
::::::::ハ.\   ヽ──´ノ / ,./|ノリwl ̄三三X}
∧|ヽ|\> ` ─ 二 /  //     \三三X}
   \ \  ──   / ./        \三

疑いもせず、グラッグスは30騎の騎兵と供にやってきた。
ここで待ち伏せにあい、ヌミディアの大部隊に包囲された。
フラウィウスが乗り込んできたことで、グラッグスは裏切られたことに気がつき、
同伴者と供に馬から飛び降り、多くの勇敢な行いがなされた後に、3人以外は全員殺された。
ハンニバルは一人だけ捕虜にした。
ハンニバルはローマの前執政官を生かしたまま捉えようと捕らえようと最大限努力した。
グラッグスを罠にはかけたが、
最後の戦いでのグラッグスの勇気を称賛して葬儀をして遺骨をローマへ送った。
アッピアノス『歴史』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
執政官のティベリウス・センプロニウス・グラックスがベネウェントゥムで
ハンノ麾下のポエニ軍と戦い勝利をおさめた。
奴隷達の働きによるところが大きく、かれらの解放をかれは命じた。

リウィウス「ローマ史概要」
史流39,1996,p.39


ぁひゃ子
    r'''"     ゙l,
     `l       `l、__                ,r‐ー-、
     |             ) /" ̄ ̄ ̄\    /     ヽ、
     l   ,r'"" ̄ニ、  .,//        ヽ、 /        i
    / _,r"∠ニ、'L- l,,/ l   ,rー--−ヽ、 l /      ,,r 、 ゙l
  <" ,,r'" l 、___`_|.   |  / ,,/" ``ヽl l/    ,,,,ノ" ,,ハ ゙l
  `>i`|.l ヒーーーラli.   |.i´l.|  '⌒ L ⌒ l/    l" ニ= r-‐ l  l
  〈  ゝ'ヘ、\., - 、/.li____ゝ || 、___イ_, 〔   r、 !、   ヽ l 丿
   vヘ、  ヽ、 ヽ==l,,ハ,,   ハミ lーー--ー-//ゝ、 ゝゝ7 、__ ' //
  ,,_.n ,,ゝ、,,,,,,,゙゙''''^'',,,,,,彡ーく./ ミ \, ‐-‐.//  l`ー‐=ト、`ー' /l ̄\_
. / l,,l,,厂  l\∧l'''''l∧l    ヽ \`ー-' イ  ノ,,r‐'''| | ヽ ,,イ .l  l'",,,、 ヽ
/,∪     l,   >‐i  l     l   >ー‐ヘヽ /   l l    | .|  ∪ l |.゙ト、
ゝ      |   l  l  l      |   ヽ_l  l ヽ   | |    | |    l,,,l,,l,l |
        |  |  |  |.     l    /  l  |  ヽ |  |
「歴史は固く捉える事はない。楽しめばいいんだ。」 by モンキー・パンチ

マルクス・ユニウスが独裁官になり、ティベリウス・センプロニウス・グラックスが騎馬長官になった。
直ちに彼らは兵役適例年齢の市民だけでなく、適例年齢を過ぎた市民も動員した。
そして、釈放を条件に捕虜を動員し、自由を条件に奴隷も動員し、少数ながら山賊も軍に加えた。
さらに、同盟者に援助を求め、同盟者たちに可能な限り最大限の好意を示し、
加えて穀物や金を与える約束をした。
ディオ・カッシウス『歴史』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
都市を統括するグラッグスは市壁より確かな守り。
ここから敵を遠ざけ、門に対する攻撃を妨害し、市に突入する希望を失わせ、
ハンニバルの意志を挫く。

シリウス・イタリクス「ポエニ」
loeb classical library no.278 silius italicus II,harvard,1934,p.151
ハンニバル
例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
ハミルカルの息子、カルタゴ人のハンニバル。
ローマ人があらゆる民族を武勇の点で凌いできた事実に異論の余地はないであろう。
だがローマ人が武勇の面であらゆる民族を凌駕するように、
ハンニバルが知謀にかけて他の将軍たちに優っていた事実も否定するわけにはいかない。
事実ハンニバルはローマ人とイタリアで会戦するたび、勝者となって凱旋するのがつねであったし、
祖国における国民の羨望によって足を引っ張られなければ、
きっとローマ人を征服し得たように思われる。
しかし大多数の国民の誹謗が、このひとりの英雄の気高い精神を打ち砕いたのである。

コルネリウス・ネポス「ハンニバル」
ネポス,英雄伝,国文社,1995,p.146


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
布陣の際、ハンニバルは左右の両翼に勇敢な兵隊を、そして中央に能力の劣った兵隊を配し、
この非力な兵隊たちを敵の正面に立たせた。
敵軍が中央の戦列を崩し、さらに兵隊たちを追跡し始めたとき、
ハンニバルは両翼でもって敵を包囲してしまうよう命令した。
こうしてできた輪の中で、五万人の敵兵が戦闘の最中に命を落とした。

ポリュアイノス「戦術書」
ポリュアイノス,戦術書,国文社,1999,p308


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    d       \:::\:\ ヾニノ  、  :::.:..ノ/┌V:.`ヽdヘ、_,..〃
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       d_x'/  //: : 丶:.>  _ <  __|:.: :.:丶ヽ.:..\
        ~¨~  /: :/: : :.>三三三`父´三三三ニ>、.:..!}:.\ .\
            | :/: :/.:三三三三∧三三三 / ̄¨.\ .:..ヽ; |
            |: : (/¨\l三三∨回∨三l/\.    |ノ :..:|.:|
            |: ノ:.|  /\.-∨ .〉〈. ∨/ヽ\. \.   | : :.::|.:|
            |/: :.|_/  /∨.| | |  /_ノ/...ヽ/\/..:.:.:.:|.:|
           「お客さま。なぜ私を捨てるのですか?」

誰かわたしの遺骨から、わたしの仇を討つものが、どうか現われ出てほしい。
そしてトロイアの植民を、炬明かざし剣揮い、今日ばかりか後々も、
そうする力が出来たとき、時を問わずに追及の、手をゆるめずにいてほしい。

ウェルギリウス『アエネアス』


ぁひゃ子
         /..:::...::::...::::::....::....::::::....... ::::::::.. :::::\/ ハンニバルと条約を結んだ時
        /...:::....::::....:::::::....∧:::...:::::::.....::....:::::. :::::::| ケルト人らはこう書いたのである。
.       〃/:::../..::...:..::::....:/ ヾ::.\\::...:::.....::..::::!| ケルト人がカルタゴ人を告訴する場合は
      〃''|..../..::....:/:/:|::/   ヾ\\\...:::::.........| イベリア駐在のカルタゴ人代官及び軍指揮官が
.      || |....|......../|_|-: |    リ \ ̄ヽ:::::::::::!| 裁判官たるべきこと
.      リ |!:ハ:...:/´|::l リl|       ,─=、 ヽ::::::::!| カルタゴ人がケルト人を告訴する場合は
        |::| |:..:| .〃⌒ヾ     〃:::::::::}ヽヾ::::::| ケルトの女性が裁判官たるべきこと。
.        f7| |:.::| { {::::::::::}     ヾ:::::ノ ノ リ .}
        <.>!∨|  ヽ-''´       ̄    | ./| プルタルコス『モラリア』
          厶\ |          、.          |/' ト、
         |..|::|'\     ____    /'  |::ヽ
         |..|::|   \   ヽ    /   /l=-、 |::::::ヽ
         |:.|::|     >, - ` ─ ´ /  ト、 ゙ヽ|::::::....\
         |..|::|   / 〃 |    ̄  _,.=三ソ\゙|::::::::......|\
         |..|::|     リ /二三三三ソ"¨  ,.-d. ̄`ヽ \
         |..|::|   /_  __      ´  A   \ \
     ,.-=二|..|::|  /   _´   `ヽ       A  \. \  ̄ ─
    /   .:|..|::|`/      _           A  ._ヽ,、,、|
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例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
カルタゴ人はイベリアにおける軍司令権を、まだ若いにもかかわらず、
その活躍ぶりから知恵と勇気をうかがわせるに十分だったハンニバルに継承させた。
ハンニバルが司令権を受け取った当初からローマへの戦争をもくろんでいたことは、
その直後の彼の行動を見れば明らかだったし、
実際ハンニバルはごく短期間の待機の後、満を持してその戦争を開始したのである。

ポリュビオス「歴史」
ポリュビオス,歴史1,京都大学学術出版会,2004,pp.181-182


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
戦闘で象はその巨体、恐ろしい吼声、風変わりな姿により兵士たちと馬をパニックに陥れた。
最初にルカニアでピュロス王がローマ軍に対して使い、
後にアフリカでハンニバルが、オリエントでアンティオコスが、ヌミディアでユグルタが大規模に使用している。
象に対する様々な対策が考え出された。

ウェゲティウス「戦術書」
vegetius: epitome of military science,liverpool,p.104


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
トラシメヌの湖と丘陵の間を抜けて平原へ出る細道がある。
ハンニバルは逃走する振りをしてこの細道を通って開けた地域へ出て、キャンプを張った。
次に、夜陰に乗じて丘陵の高地の各所と山道の出口に兵を配し、
夜明けには霧に隠れて戦列を整えた。
敵が退却していると思って追撃してきたフラミニウスは山道に入り、
前面、側面、背後、全てを敵に囲まれるまで待ち伏せに気がつかず、
ローマ軍は全滅した。

フロンティヌス「戦略論」
loeb classical library no.174 frontinus,harvard,1925,p.147


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                 _,,,、
                  ,r'"` `''''`ヽ
    ._,,,,,,,,,,,,,_      ..i′     ヽ
  /゛_,.,-i、,,_^'-,   .、、'j,ノ    i` ,l゙   ,rヽ
 ," r'"    ‘'-,\ {/゜     `'ッ,r‐i、 ,l" ,i'
.│ .l゙       `', i、 ゙l.lゅ  _,.__  .ゅ| |.,/ .,i゙
│ {        ゙│ ,l゙l` −: 'ヽ、、.,i,r' / /
│ !         .,/," .'''_,,.--、 .゙ll゙.i .i′l゙
: ゙l  ゙l、       /,i´  ″ `'-  .゙l, V` ,l゙
 .ヽ ゙'x、     ./j,,_、.i、    、_.,, |,i´ .,i´
  \ `''ー、,,、..,,-"′゙゙l |    /⌒レ″ /
    ゙'-、_      .,,/┤   iヽ   .ノ
      `^'¬ー'',!"゛  |   i";;ヽ,,,,,ノ 
          l゙  i、、|、  ,!;;;;,,,;,,, ,!
             l゙ ',, ;;;;}  .,i ;;;;;;;," ,i
           ゙l ゙リ;;;l′ ,!゙l;;;;;/ .l゙
           ! ゙l,|   | .|'゙′ .,!
           ゙l .,' ヽ  .\、_,,,,.|
              ,! ゙!、!ヽ-、,,_`{゙iil,、
           ..i"  .l゙''i,,,.,  ゙|~ `゙゙ ヽ
           "-、-''゜ " .'"゙"_>-‐"″
               `゙゙゙"'"^
片腕で象と戦った一人のローマ人についての有名な話がある。
それはハンニバルが我が軍からの捕虜に
相互に果たし合いをするように強制した時のことであった。
ハンニバルは生き残った一人を象と取り組ませたのだが、
この男は、もし勝てば放免されるとの約束を取り付けてから、
闘技場で独りで象と対戦して象を殺し、カルタゴ人を悔しがらせた。
ハンニバルはこの試合の噂で象の恐怖が失われると悟って、
その男が出発しようとしていたところを騎馬兵を差し向けて殺してしまった。

プリニウス『博物誌』


例のにゃあにゃあ ◆9IIO2KvSgc
プルシアスが陸戦でエウメネスに敗れ、戦争を海上へ移した時、
ハンニバルは新しい計略によって戦勝の功労者となった。
というのも、次のような計略を用いたからである。
彼はあらゆる種類の蛇を土製の瓶に集めるように命じ、
戦闘の最中に敵の船に投げ込んだ。剣で戦うことの出来ない者が土器で戦うのは、
最初は、ポントゥス人たちにとっては奇妙な見物であった。
しかし、船が蛇でいっぱいになり始めると、敵と蛇の両方の危険に囲まれて、
彼らは勝利を敵に譲った。
このことがローマに伝えられた時、
両王に和平を強制し、ハンニバルの引き渡しを求める使節が元老院によって派遣された。
しかし、ハンニバルはそのことを知ると毒をあおり、死でもって使節の到来に先んじた。

ポンペイウス・トログス「ピリッポス史」
地中海世界史,京都大学学術出版会,1998,pp.373-374


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     昌 |: ̄ ̄ ̄ ̄:| 昌
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ハンニバルはローマを打倒し、故郷のリビアまで帰った後に、年老いて一生を終えるだろう、と思った。
ローマのフラミニウスが躍起になってハンニバルを生け捕りにしようとした際に、
ハンニバルはプルシアスの許へ着いて保護を願い、
追い返されると馬に飛び乗ったが、その折に抜き身の剣で指に傷を受けた。
何スタディオンか進むと傷口が熱を持ち、三日目に最後を迎えた。
死んだ場所がニコメディアのリビュッサだった。

パウサニアス『ギリシア記』
スキピオ・アフリカヌス
ぁひゃ子
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            |  /  ヽ        /  ヽ ヽ.| ガミラスの将軍も高貴?
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           ハヽ::ヽ二・二フ::::::ヽ`二・二>ーハ
*。            .| | l | ヽ ─ ´::|::::::::\_   /:||。.*・ ゚・*。           。.:*・゜…
 ゚・*。.。.:*・゜゚・*・彡.∨| |      .::l  |         |)/x・゜゚・*。 ゚・*。.。.:*・゜゚・*・彡。.:*・゜…
.:*。三.。.:*・゜゚・*・彡。 VY    ( ..l|   ).       |/゚・*。 .:゚・*。三.。.:*・゜゚・*・彡。.:*・゜…
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         /三ニ-ハ \      l    /____ノ|三ニx、
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   ...:xXニ三三三ニ|:...| | 「l 「l       「l 「l.:|..|三三三三三三ニx、,-=
: 三三三ニ/⌒\三|:.└ .l」 l」       l」 l」└|三三三>─-<三三三
:三三三ニヽ__ソ三|``─、.._       _,..-ー'´ヽ三ニ(    )三三三
:三三三三三三三ニ/      ̄``─'´ ̄        /三三三三三三三三
彡'" ̄ ̄|   | ̄                        ヽ三三三三彡'"
昔のローマ人は賢明に自制して、万事につけ高貴だった。
アフリカヌスと呼ばれたスキピオは、世界の諸王国に秩序を取り戻して、
その任にふさわしい者に支配を委ねるべく、元老院から派遣されたとき、
わずか五人の奴隷を連れて出発した。

アテナイオス『食卓の賢人たち』
シチリアの反乱
ぁひゃ子
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   〈>´  ` くノ
  ∩ | i iノノ人)〉
  ))| トゝ゚∀゚イl
  ((ノと)ahya)つ
  ヽ く/」」フつ
      し'
紀元前135から131年までシキリアの反乱を指導したエウヌス

シリアの奴隷でエンナのアンチゲノスに属していた。
アパメイオスで生まれ、魔法と不可思議な技の才能を持っていた。
ディオドロス・シケリオテス『歴史』

牧人たちのために島はしばしば大きな危険に陥った。牧人は諸方で盗みに走ったし、
つぎは多数で徒党を組み植民市を略奪した。エウヌス配下の一団がエンナ市を攻略したのがその一例である。
ストラボン『地誌』

執政官のプブリウス・ルピリウスがシキリアで逃亡奴隷との戦いを終結させた。
リウィウス『ローマ史概要』

シケリアで奴隷戦争を起こしたエウヌスという名の亡命者は
捕らえられてローマに連れてこられてから虱の病で死んだといわれている。
プルタルコス『スラ伝』

王を僭称してコインの発行までしましたが、紀元前132年にローマ軍に捕らえられて病死しています。

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  〈>´  ` くノ∩
  〈(人ヽゝi | ((
   lゝ゚∀゚ イ | ))
  ⊂ahyaつ ゝノ
   とく|L_ゝノ
      し'
紀元前104−100年にシキリアの反乱を指導したサルウィウス

奴隷たちの王の名はサルウィウスで、彼は占いが得意だとの評判があり、
女性相手に熱狂的な音楽を奏でる笛吹だった。
ディオドロス・シケリオテス『歴史』

前執政官のマニウス・アクィリウスがシキリアで火を噴いた奴隷戦争を鎮定した。
リウィウス『ローマ史概要』

彼も同じく王を僭称しましたが、ローマ軍に捕らえられて処刑されました。
スラ
ぁひゃ子
       ,...x=x.、
      ムゞヾヾソソミx
     ミミ      ミ
     ミミ ィァ  ィァ ミソ スラ、兵士からは慕われていたようですよ。
    ミミヽ ノ. .) ノ.ソ
    /三\ -=-/)=-、
  /三三ニ) レ' /ノ三三
  三三三三|    ノ三三
  . 三三ニニノ   /三三三
  三三ニ<  ./三三三三

兵士たちは自ら進んで誓いを立て、
スラの元に留まり勝手にイタリアに害を加えるようなことはしないと約束し、
スラが多額の金を必要としているのを見て、
初穂を捧げるように、各人の分に応じて金を持ち寄った。

プルタルコス『スラ』
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